未知を旅する 〜大竹英洋『そして、ぼくは旅に出た。』

 ことし(2021年)3月に第40回土門拳賞を受賞された、大竹英洋氏の写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(CREVIS、2020年)のことを知り、同書を入手した。
 北米大陸の北緯45度から60度、アメリカとカナダにまたがるノースウッズ地帯。“湖水地方”とも称されるほど湖が多いという。針葉樹の森と湖の織りなす静謐で峻峭な風景と、そこに生きるムースやアメリカクロクマ、オオカミなどの動物や、ハシグロアビやハクトウワシなどの鳥たち。写真集『ノースウッズ』に収録された写真はどれも、「この瞬間でなければならない」という決定的瞬間を、「この構図でなければならない」という完全な構図の中に収めた作品に感じられ、素晴らしいの一言である。撮影されたその瞬間の時間と空間ばかりか、過去から未来へと連なる悠久の時間、地球の歴史すら感じさせてくれる。

 でも、今日はこの写真集でなく、大竹氏の自伝的紀行ノンフィクション『そして、ぼくは旅に出た。——はじまりの森 ノースウッズ』(あすなろ書房、2017年)を取り上げたい。私自身がどこか遠くに置き忘れてきてしまっていた、「未知への憧れ」といった感情を、この本が実に久しぶりに思い出させてくれたからである(以下は、同書による。ネタバレ箇所多数あり)。
 大竹氏は大学のワンダーフォーゲル部時代に自然の素晴らしさに目覚め、自然とともに生きる道を探すなかで、写真家を志す。“夢”に導かれるようにして、図書館で一冊の写真集『ブラザー・ウルフ』に出会い、これを撮ったアメリカの写真家、ジム・ブランデンバーグ氏のことを知り、氏に弟子入りしようと考える。
 しかし、『ナショナル・ジオグラフィック』(インスタグラムでなく雑誌版だ)の本部(ワシントンDC)気付けで手紙を送っても、返事は届かない。本や同誌を探索するうちに、氏が、ミネソタ州のイリーという町の郊外に住んでいることがわかり、『ブラザー・ウルフ』にのっていた手描きの地図という誠に頼りない(!)情報をもとに、旅に出ることを決意する。1999年5月のことである。
 そして、まずはミネソタ州の州都・ミネアポリスまで飛行機で行き、そこでイリーの町を目指そうとするが、直通のバスがなく、バスの終点である「ダルース」という町までとりあえず行くことに。そこで宿泊したホステルの主人が、親切にもイリーまで車で送ってくれることになる。しかも、その主人は、イリー周辺の湖をカヌーで旅したことがあるといい、その周辺の地図も持っていた。
 その現地の地図を目にして、大竹氏ははじめて、イリーの周辺が湖だらけ(「虫に食われた葉っぱみたいに、大地がどこまでも穴だらけ」P62)であることを知る。日本で見慣れていた地図では、縮尺の関係で、ほとんどの湖が省略されていたためである。
 さて、ダルースのホステルの主人にイリーまで乗せていってもらった大竹氏は、イリーの町でシーカヤックを入手すると、少しだけ乗り方を教わって、はじめてのカヤックで(!)、ジム・ブランデンバーグの住む家を目指して旅に出る。湖だらけの地形なので、湖で行けるところまで行き、陸地にでたらカヤックを担いであるく、というスタイルの旅である。キャンプで寝泊まりしながら、湖の水を飲みながらの旅。途中で、ルーンという不思議な鳥に出会ったり、ビーバーに襲撃されそうになったりもしながら、シャッターを切りつつ進む。
 そうやって、ついに、ジムの住む家の近くの、カヌーイストや釣り客向けのロッジにたどり着き、ロッジで働く女性のツテをたどって、憧れのジム・ブランデンバーグとの邂逅を果たすのである。
 単にジムに会えただけにとどまらす、その友人である探検家ウィル・スティーガー氏(南極大陸を初めて犬ぞりで横断)にも紹介してもらうことができ、大竹氏はかけがえのない3ヶ月を過ごす。技術ではなく、写真家としての心、自然との向き合い方、自然写真家という生き方といった、最も大切なもの(の手がかり)を体得するのである。

 この素晴らしい青春記を読み、深い感動を覚えるととともに、私はインターネット時代に失ったものの大きさを思わずにはいられなかった。というのは、この本を読み始めてすぐに私がしたことは、Googleマップでミネソタ州の北部のあたりを拡大して見ることだったからである。たしかに、地図を拡大すればするほど、たくさんの湖が出てくる。そして、どこに車で行けそうな道路が通じているかも、Googleマップは映し出す。インターネットで検索すれば、日本からでも、バスの便があるのかどうかや、すでに旅した人の旅行記などをいくらでも検索できる。『ナショナル・ジオグラフィック』へ手紙を出すなどしなくても、インターネットで直接連絡をとることだってできるだろう。しかし、大竹氏がジム・ブランデンバーグに最初に会ったときに歓迎された理由の一つは、日本から見ず知らずの若者が、しかもイリーの町から車でなくカヤックで一人で旅して訪ねてきた、ということだった。
 繰り返しになるが、大竹氏は1999年という、まだ図書館での検索が一般的だった最後の時代に、ほとんど手描きの地図だけを頼りに旅に出た。それが氏の20年後に繋がっている。

 大竹氏は、3ヶ月の滞在中に講演で聞いた、ウィル・スティーガーの言葉を記している。「Put your boots on and start walking!  ブーツを履いて、歩き出せ!」「ミシシッピで川下りしたときも、したいと思ってすぐ行動したんだ。北極もそう。南極も同じ。実現するまでには時間はかかった。でも、まずは歩き出さないと何も始まらない」(p.299)。そして大竹氏は、ヘンリー・ソローの『森の生活』の中の、「最も速い旅人は、足で歩く人である」(p.300)という言葉も紹介している。あれこれ準備に時間を費やしているよりも、いますぐに歩き始めた方がなにより近道なのだ、という意味だという。

「未知への旅」「地図にない旅」というものが難しくなった今日、私たちが失ったものの途方もない大きさを思う。しかし、インターネット時代の私たちも、少なくとも、歩き出すことはできる(はず)。