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プロジェクトマネジメントとしての書籍編集

 社会人としてのキャリアのスタートは書籍の編集者だった。以来、18年間は書籍編集一筋、その後は独立して、様々な媒体の編集やコンサルティングなど、いろいろな仕事を経験してきた。だが、今でも自分の仕事のスタイルの基本は書籍編集で培った、「プロジェクトを企画から最終段階まで、自分の責任において遂行する」というスタイルではないかと思う。書籍編集も、プロジェクトマネジメントの一種ではないかと思う所以である。
 書籍編集(書き下ろしの書籍)の仕事の流れは通常、こうだ。
 企画し、著者候補に会いに行き、著者候補からOKをもらえれば、すりあわせをした上で、社内の企画会議にかける。企画がとおったら、著者に執筆を開始してもらう。書籍1冊は、10万字〜15万字といった、膨大な文字数となる。半年とか1年、場合によっては数年を要することもある。そして書くというのは、いうまでもなく、私的で孤独な営みだ。その要所要所において、編集者は「あなたの進んでいる道は正しい」「あなたは、もっと力があるはず。この本に、もっとあなたの持っている力をこめられるはず」と言い続ける。
 原稿の全体像がほぼ形づくられたら、今度は、目鼻立ちを整える作業に移る。そこでは、編集者は客観的な第三者の目で、冗長だったり、論理が通らないところを、容赦なく削ったり修正したりしていく。
 原稿が完成したら、「原稿整理」と言って、印刷所にわかりやすいような文字組の指定を行い、印刷入稿し、組み上がったら、校正紙(ゲラ)で校正を行う。著者も当然校正するが、校正士という専門家にも見てもらう。初校、再校と、通常2度程度、このプロセスを繰り返し、「三校」ゲラにおいて、編集者が最終チェックを行い、最後に、「責了」(責任校了)と書く。
 原稿本文だけではない、装丁(書籍の表紙・カバー・帯)イメージをかため、帯のコピーを書き、デザイナーに依頼する。デザイナーの力を引き出すのも、編集者の力だ(同じデザイナーでも、編集者の気合いの入り方で、いい仕事をするときもあれば、そうでもないときがある)。どこの印刷所に頼むか、といったマネジメントも、編集者が行う場合がある(出版社により異なる)。ハリウッド方式ではないが、本という一つのプロジェクトを遂行するための最善のチームを組む核となるのが編集者なのだ。
 本の刊行日が決まれば、宣伝のプランを関係部署とともに練る。書評を書いてもらえそうな方や、とりあげてくれそうなメディアをリストアップし、今だったら、ブログやソーシャルメディアでの拡散もふまえたプランをねって、実行する。刊行後も、著者自身の力も借りながら、一人でも多くの読者の手に届くように、少しでも遠くまで飛んで行くように、と手を尽くす。
 22歳のときから18年間、少ない年で年に6冊程度、多い年は12冊以上、こうしたことを続けてきた。今にして思えば、全ての本の刊行について、その本の全権責任者として、プロジェクトを遂行してきたのだと思う。Publishする(公刊する)ということの重みも、常に感じてきた。
 今でも、それがたとえば、Web記事一つといった小さな単位でも、「責任をもってプロジェクトを遂行する」という意識や、Publishすることの重さはしみついている。というか、自分の責任で仕事ができないと落ち着かないし、最後まで目配りができずに不本意な結果になってしまったときは、激しく落ち込む。
 独立して以後、本当に種々様々な仕事をいただいて今日に至っているが、ときどきはこうした原点を思い返したい。22歳のときの自分より後退することがないように。