読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

はじめてのソウル――柳宗悦からの旅

7月18日から20日にかけて、家族でソウルを旅した。

はじまりは、柳宗悦だった。学生時代の恩師(故人)が授業の中で紹介してくださった柳宗悦の『民藝四十年』。その中の「失われんとする一朝鮮建築のために」という随想を読んで以来、そこで描かれている光化門を一度見てみたい、と思っていた。以来、四半世紀もたってしまったが、今回、初めてソウルを訪れ、念願かなって光化門の前に立つことができた。柳らの尽力もあって、光化門は取り壊しをまぬがれ、何度か再建されて現在の姿となっている。
f:id:fukukm10889:20150719094127j:plain
(現在の光化門)

光化門の背後の景福宮内には、柳らが収集したコレクション(「朝鮮民族美術館」)がはじまりとなっているとされる「国立民俗博物館」がある。人々の生活の歴史を、暮らしの道具によってとどめ、再現する展示は、現在、演出・デザイン的にもたいへんすぐれた意欲的なものになっている。

f:id:fukukm10889:20150719113350j:plain
(現在の国立民俗博物館)

そんな、柳宗悦から始まった旅だったが、「現在」のソウルは活気にあふれ、若いエネルギーがみなぎった都市のように思えた。娘の希望で訪れたソウル市立美術館は現代アートの殿堂。同美術館のコレクションの変遷を示した部屋には、「韓国におけるサブカルチャーは、1990年の弘大(弘益大学校、ここでは地名を指す)から始まった」などの歴史が記されていた。

f:id:fukukm10889:20150719152225j:plain
(ソウル市立美術館)

現在、韓国の文化はK-Popなどの音楽も含め、多彩で自由な表現を獲得している。現地に行ってみて、とくにデザインの洗練具合には驚かされることが多かった。一例を挙げれば、書店で見た新刊書籍などもすっきりとしてすぐれたデザインが多いように感じた。

f:id:fukukm10889:20150719122031j:plain
(教保文庫、ガイドブックによれば、2700坪の売り場面積という)

最終日に訪れた、三清洞、北村地区では、伝統的家屋と、新しくできた建て物がうまく調和していて、ギャラリーや工房も多く見られた。
f:id:fukukm10889:20150720112238j:plain
(三清洞)

「漢江の奇跡」と言われた経済発展、1980年代後半の民主化、そして1990年代後半のインターネット革命(韓国の大学やメディアでは日本のそれらより早くインターネット利用が浸透したとされる)などを経て、韓国(ソウル)は大きく変わったのだろう。柳宗悦がみたのとはまたちがった魅力を醸し出しているように思えた。地下鉄に乗れば、老若男女ほとんど皆、スマホを手にしている(東京よりはるかに高い比率のように思う)。景気が悪いと聞いていたが、都市を行き交う人々の表情はけっして暗くない。うまく表現できないが、あえて言葉にすると、「未来に向けてのどん欲さ」といったもの。そんなことを感じながら短い旅を終えて帰路についた。