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"日本語の科学"の影にこの人あり

年が明けてほどなくして、1冊の本が届いた。
松尾義之さんによる『日本語の科学が世界を変える』(筑摩選書)である。

松尾さんは日本経済新聞社の「日経サイエンス」で長らく編集をされてきた。「サイエンス」の編集部は、私が日本経済新聞社出版局にいた頃(1990年代)には同じフロアにあり、また松尾さんは一時、出版局で書籍編集をしていたこともあるので、私の日経時代の大先輩にあたる。私は1998年に筑摩書房に転職(2008年に退職)し、松尾さんも2000年に日経を辞められて休眠状態だった出版社「白日社」を甦らせ、良質の科学書を次々と出されている。

さて、松尾さんは日経サイエンス時代から現在に至るまでの40年近くの間、科学ジャーナリスト・科学誌(書)編集者をしてきた(この間、Natureの日本特別編集版であるネイチャー・ダイジェストの実質的な編集長も務められている)。日本の名だたる科学者のほとんどに会ってきたのではないか。まさに、“日本語の科学”の生き字引のような方である。そのような松尾さんの書く本が面白くないわけがない。

私が最も面白く読んだのは、湯川秀樹博士が初めて提出した「中間子」の概念が、“日本語の科学”ならでは、という考察である。すなわち、一神教文化の(善悪)二元論の呪縛のない日本において、日本語で科学していたからこそ提出し得た、と。そして、湯川中間子だけでなく、木村資生博士の「分子進化の中立説」もこのような文化的背景のもとに生まれたのではないかという推論にも、とても説得力を感じる。また、東西文明の違いから、それまでの西洋の微生物学に欠落していた世界(アルカリ環境)に気づいた掘越弘毅博士をめぐるエピソードなど、なるほどこれが“日本ならでは”の科学か、と思わされるエピソードに事欠かない。

挙げていくときりがないでこれくらいにするが、最後に、松尾さんらしさを示すエピソードを本書から1つ。松尾さんが西澤潤一博士に「日経サイエンス」に解説論文を書いてもらったときのこと(1983年頃のことだ)。

「最初にいただいた原稿の内容は、私にはまったくわからなかった。仕方なく特急列車で仙台まで出かけ(東北新幹線の開通前だった)、教授室で朝から晩までかかって、一つ一つ、内容を解説していただいた。編集部に帰り、私が理解できるレベルでリライトし、草稿試案を作ったのだが、その原稿量は10倍近くになってしまった。お書きいただいた1万3000字が12万字を超えてしまったのだ。これでは雑誌に掲載しきれない。そこで申し訳ないのだが、静電誘導トランジスタの筋だけに話を絞り込み、叩き台をつくらせていただいたのである」(P.162)。

“日本語の科学”を支えているのは、こうした心ある人であることを知ってもらうためにも、ぜひ本書を読んでいただきたい。

日本語の科学が世界を変える (筑摩選書)

日本語の科学が世界を変える (筑摩選書)