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ユニバーサルデザインで世界をかえる人・松森果林さんの新著『音のない世界と音のある世界をつなぐ』から見える希望

言葉

松森果林さんのことは、当ブログでも2度ほど取り上げたことがあります。(美しく雄弁な言語、手話  祝・「わさびの匂い」警報装置イグノーベル賞

その松森さんから、新著『音のない世界と音のある世界をつなぐ ユニバーサルデザインで世界をかえたい!』(岩波ジュニア新書)が届きました。「聞こえる世界と聞こえない世界両方を知る立場から、その二つの世界をつないでいく」ということを生涯のテーマとしている松森さん。新著は、そのテーマにピッタリ合致した読みやすい本となっています。

松森さんとは、2003年に『星の音が聴こえますか』(筑摩書房)という彼女の処女作をお手伝いして以来、おつきあいが続いています。魅力的な人柄に加え、仕事に対するプロフェッショナリズムという点から、私が最も尊敬する人の1人です。そこでここでは、新著を引用・参照しながら、私の経験も踏まえて、松森さんの魅力・強みを伝えていきたいと思います。

松森さんは、同書の冒頭で、「私の特性、そして強みは聞こえないことです」と記しています(ⅲページ)。その特性・強みが彼女の「芯」を形作っていることはもちろんですが、私から見るに、ほかに3つの強みを松森さんは持っています。1つ目は「あきらめずに粘り強く」、2つ目は「実践志向:「できない理由」でなく「できる方法」を見つける」。そして3つ目は、「コミュニケーション力が道を開く」。順にお伝えしていきましょう。

1 あきらめずに粘り強く

松森さんは「CMにも字幕を」という取り組みを10年以上前から続けてきました。そして、それがついに実をむすび、2010年のパナソニックCM、2011年の花王のCMに始まり、2014年現在、9社がトライアル放送中だそうです(183ページ)。それがどのようにして実現したのか、「あきらめずに発信を続ける」という、その名もズバリの項(184〜193ページ)のなかで、経緯を書かれています。まずは『月刊ニューメディア』という雑誌の編集長の吉井勇さんという方に共感してもらって雑誌に特集を組んでもらう。国際ユニヴァーサルデザイン協議会の立ち上げとともに個人メンバーとして参加、「CMにも字幕を」を課題として取り上げる。企業で講演する機会などを見つけては各社にその必要性を訴える。そうした地道かつ戦略的な活動が実を結んでの「CMにも字幕」の実現だったのです。

もう1つ例を挙げます。「井戸端手話の会」。この取り組みについては、『星の音が聴こえますか』の中でも触れていているので、こちらも2000年代の初めから10年以上実施していることになります。松森さんはこうしたご近所とのおつきあいを通じて、耳が聞こえなくても、何かあったときには情報が常に入ってくる状態を保ちながら、お子さんを育ててきました。新著『音のない世界と音のある世界をつなぐ』の中で、2011年の震災のときのことが書かれていますが、その際にも、手話のできるご近所のママ友から、息子さんが学校の体育館に無事でいる、という情報を得ることができた様子が書かれています。

2 実践志向:「できない理由」でなく「できる方法」を見つける

先の「CMにも字幕を」のところでも見たように、松森さんは「ビジョン」があると、そこに向けて、粘り強いだけでなく、戦略的かつ実践的にステップを踏んでいきます。ユニバーサルデザインというのは、まさにそうした彼女の実践志向が生きる場だと思います。だれにとっても使いやすい、ということを、「思想」として訴えるというより、具体的なモノのカタチやデザインとして世の中に送り出していく。そうした実践志向の松森さんの貢献が、日本だけでなく世界に認められたのが、イグノーベル賞を受賞した「わさびの匂いで知らせる警報装置」です。

耳の聞こえない松森さんは、情報入手の手段として、視覚情報だけでなく、「匂い」による情報についても早くから着目していました。「匂い」に関わる商品開発を行っている会社の役員の方の講演を聞いた機会をのがさず、聴覚障害者の立場から提案。香りでケイタイの着信を知らせるグッズ付きストラップという、ヒット商品開発にしました。それにつづき、上記、イグノーベル賞につながった「香りで危険を知らせる警報装置」の研究にも、十年近く取り組んできました。イグノーベル賞授賞式で壇上で表彰されたのは化学者の先生たちだったのですが、仕掛人として、彼女の貢献は大きなものがあったと想像します。

3 コミュニケーション力が道を開く

現在、ブログ 松森果林UD劇場〜聞こえない世界に移住して〜やFacebookで日々情報発信を続ける松森さん。しかも、発信するだけでなく、コメント欄やFacebook欄のやりとりが実に丁寧かつ当意即妙で、いつも感心してしまいます。

これは松森さんがインタビューで語っていたことなのですが、名刺交換をした際、その場では手話通訳さんがいないかぎり十分なやりとりができないので、いただいた名刺の方に、あとからお礼をかねて、かならずといっていいほどメールでお礼をする、というのです。そこからコミュニケーションが始まり、彼女のファンが増え、仕事にもつながっていく……、という良い流れができていると感じます。

上で挙げた「井戸端手話の会」も「CMにも字幕を」も、「香りで危険を知らせる警報装置」も、粘り強さや実践志向とともに、彼女のコミュニケーション力が道を開いたともいえます。多くの人とコミュニケーションし、ファンや共感する人、協力者の輪を広げていく。そんな彼女の活動の様子をみていると、「聞こえる世界と聞こえない世界両方を知る立場から、その二つの世界をつないでいく」という生涯のテーマが、遠い目標ではなくて、日々実践されていることを感じます。そんな松森さんの強みと魅力が凝縮された新著、よかったらぜひ読んでみてください。