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80歳まで働く未来

言葉

 アカデミーヒルズ(六本木)で開催された、『ワーク・シフト』(プレジデント社)の著者、リンダ・グラットン教授の来日記念セミナーを聞きに行って来た。モデレーターは、『採用基準』(ダイヤモンド社)の著者、伊賀泰代氏。
 グラットン教授の冒頭の1時間ほどのプレゼンテーションは、ここでは逐一その内容を記すことはしない。いずれ、アカデミーヒルズのサイトか、何かのメディアで紹介されることと思うが、おおむね『ワーク・シフト』の内容に沿ったものだった。
 ここに書き留めておきたいと思うのは、グラットン教授と伊賀氏とのディスカッションで話題になった、「80歳まで働く時代には、どんな仕事をすべきか」というテーマ。このテーマは私にとってとても重くて、六本木から帰る1時間ほどの帰路で、ぼんやりとではあるが、ずっと考え続けた。
 グラットン教授は、人生100年時代では、20代で働き始め、60歳で引退、というモデルが崩れる、という。そのかわりに教授が提唱するのが、70代、80代まで、細く長く働き続けるモデルだ。つまり、1年のうちの3カ月は、メインの仕事とは違うことをし、それを何年も何十年も継続する、あるいは、人生のなかで、フルで働く時期とそうでない時期の波をつくる。長く働き続けるためには、「好きな仕事」を選び、そして、「一生学び続ける」。『ワーク・シフト』のなかでも、「第一のシフト――ゼネラリストから『連続スペシャリスト』へ」という章において、専門技術にみがきをかけることとともに、「好きな仕事」を選ぶことを推奨している。
 さて、ディスカッションで、伊賀氏が、「教授は、若者の失業率を下げるためには、政府が、これからはこういう仕事が有望だというシグナルを出すことが重要だ、と述べる一方で、『好きな仕事をしなさい』とおっしゃっていますが……」と鋭い質問を投げかけた。それに対して、教授は、二人の息子さんの例を引いて答えた。一人は、大学で医学を学び、医師をめざしていて、彼の場合は学んだことがすぐに職につながる。もう一人の息子さんは、大学で歴史(美術史)を学び、ジャーナリストをめざしているが、まだフルタイムの職は見つかっていない。好きな学問を専攻したこと自体はよいが、「歴史を専攻したら、職を得るのは難しい」という認識をし、そういう覚悟で臨む必要がある、と、若者の意識改革の必要性を述べた。
 もっともだと思う。けれども、改めて「好きな仕事をする」のは、一筋縄ではいかないとも感じる。「好きな仕事」が、(医者のように)かっちりとした職業として存在すればいい。しかしそのマーケットがあまり大きくないとき、その分野のトップになればいいが、多くの場合、そうはいかない。かつてであれば、「(本当は野球選手になりたいが、なれないから)サラリーマンにでもなるか」「(本当は画家になりたいが、なれないから)教師にでもなるか」といった職業のあり方が、むしろ普通だった。しかし、グラットン教授の予想するような未来においては、中途半端な職は淘汰される。そうなると、“でもしか”サラリーマンや“でもしか”教師は存在する余地が狭まることになる。
 そういう時代に、「好きなこと」を仕事にするには、専門性を極める、ということとともに、煎じつめれば、「営業力」「(自分の生み出すプロダクツを)売れる形にすること」が必要であると、私は思う。グラットン教授は、同書の中でも、今日の講演でも、人的ネットワークの大切さを説いている。人的ネットワークは、「営業力」の基盤だ。では、もうひとつの、「売れる形にすること」のほうは。
 この直接的なヒントは、グラットン教授の本の中にはない(私は見つけられていない)。その代わり、いま、世界で最も売れている現代画家の一人である村上隆の『芸術闘争論』(幻冬舎)と、村上春樹のロングインタビュー(『考える人』2010年夏号)に、ヒントがあるように思う。
 村上隆の場合は、現代美術のコンテキストを徹底的に解読したうえで、今もっと高く売れる場所に自らのポジションをとり、作品をつくりだしている。そうした“マーケティング”に極めて意識的であり、戦略的である。村上隆は同書の中で、画家志望者が作品を作る上で、現代美術の“ルール”を学ぶことの必要性を口を酸っぱくして説き、その上で、作品をお金に換えるための、絵画ビジネスのルールを知る必要性についても強調する。
 奇しくも同書の中で村上隆は、村上春樹に触れている。「村上春樹はきちんと小説の構造、日本の小説の文脈を知っていて、引き出しが多い。小説の文法を知っている。(中略)翻訳もやっている方ですから世界の物語、ストーリー・テリングというものはどういうことかということまで思考が及んでいる。そのメカニズムを知っているので、その仕組みの中にこの日本の三〇年の歴史をぶち込むことで世界に発信することができるお話ができるということが『1Q84』では実験されているわけです。」(P243)
 その村上春樹が、いかに戦略的に英語圏でデビューをはかったかは、『考える人』のロングインタビューに詳しい。「長期的な展望として、現地のリテラリー・エージェントを自分で見つけて契約し、出版社も自分で選び、そこからほかのアメリカ作家と同じようなかたちで本を出していくしかないだろうという結論に達した」「最初から自分の考えでやったのは、小説の翻訳完成稿を自分で用意することです。(中略)自分で翻訳料を用意しなければならないけれど、翻訳者も自分で信頼できる人を選べるし、文章のチェックもできる。これも大きかったと思います。すべての面で人任せでなく、自分の手と足を使った」
 結局、村上隆も、村上春樹も、おそろしく戦略的に、“作品”という名のプロダクトをつくり、それを戦略的にグローバルな流通経路にのせ、世界のトッププレーヤーになっている。
 村上隆村上春樹は、私たち“rest of us”の参考にはならない、という考え方もあるかもしれない。けれども、自分の好きなことを仕事にして、80歳までそれで食べていきたいと思うなら、両・村上のような、「売れる形にする」ための戦略性、少なくとも、そういう意識をもつことが、何より必要なのではないだろうか――そんなことを考えた。
 なんだか、グラットン教授のセミナーの話からだいぶそれてしまったけれど、今日のセミナーから、これから先の人生を考える上での大きな問いをもらえた。そうした意味で、私にとって、とても意味のある時間だった。

ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

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芸術闘争論

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