ビジョンとハードワークと

 遅ればせながら、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞された山中伸弥先生の著作、『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(聞き手・緑慎也、講談社刊)を読みました。「中学生にも読める」と銘打たれている通り、とても読みやすい本ですが、山中先生の「発想」を知るうえで貴重な証言が詰まっています。その中から、とくに私にとって興味深かった点を3つお伝えしたいと思います。「ビジョンとハードワーク」「戦略性」「異質の組み合わせ」の3点です。
 一つ目は、「ビジョンとハードワーク」ということについて。
 山中先生は米国のグラッドストーン研究所で1993年から3年間研究を行っていますが、同研究所の当時の研究所長(ロバート・メイリー先生)が、「研究者として成功する秘訣はVWだ」と話されたというのです。VWはフォルクスワーゲンのことではなく、Vはビジョン(Vision)のV、WはWork HardのW。「ビジョンは長期的目標、ハードワークは一生懸命働くことで、その両方が必要でどちらがかけてもダメ」というのです。
 実際、山中先生は日本に帰国後、大阪市立大学から奈良先端科学技術大学院大学に移りますが、奈良先端大の助教授として、はじめて学生を集める時に掲げたビジョンが、「ヒトの胚を使わずに、体細胞からES細胞(胚性幹細胞)と同じような細胞をつくる」というものでした(2000年)。このとき、まさしく、現在のiPS細胞の実現をビジョンとして描いたといえます。このビジョンに魅かれて3人の学生がはいってきてくれ、また、優秀な技術員の方も得られて、山中先生の描いたビジョンは6年後に実現することになります。
 ハードワークに関しては、グラッドストーン研究所時代、他の人の3倍、実験を行っていたそうです。神戸大学での医学部生時代に、ラグビー部とのかけもちで、どうしたら短時間で効率よく勉強できるか、ということばかり考えていたといいます。そのような、効率に裏打ちされたハードワークが実って、山中先生は同研究所で、新しい遺伝子をみつけるという成果をだしています。
 二つ目は、「戦略性」ということについて。
 山中先生は、奈良先端大で「ヒトの胚を使わずに、体細胞からES細胞と同じような細胞をつくる」というビジョンを掲げた時に、実は、それは20年〜30年かかるだろうと思っていたそうです。まさしく、長期的目標だったわけで、そのくらいの覚悟をもって臨んだと同時に、その長期的目標とともに、短期的目標も掲げていきます。iPS細胞作製のための決定打となる、体細胞を初期化する因子(遺伝子)として、最終的には4つの因子が特定されたわけですが、その候補を絞り込む過程で、因子一つ一つについて、それぞれ論文を書いていこう、という戦略を立てたのです。
 そのような、長期目標に至るためのステップ(短期目標)の設定に加えて、山中先生の戦略性は、データベースの力を最大限に活用するという、究極の効率化を図ったところにいかんなく発揮されます。2000年代初めに、奇しくも米国の国立生物工学情報センター(NCBI)が、山中先生の目的にかなうソフトウエアをインターネット上に無料公開していたそうなのです。山中先生たちは当初手作業で、数百個の遺伝子を調べていたのですが、候補となる遺伝子は数万個と途方もない数。それがこのソフトウエアで解析したところ、わずか2、3時間で、100個程度に絞れたというのです。このデータベース利用には伏線があって、1962年生まれの山中先生は、東大阪の町工場(ミシンの部品工場)を経営するお父さんのために、80年代初に、在庫管理のプログラムをBASICでつくるなどされています。その頃からコンピュータとのつきあいが始まり、コンピュータ技術の発展を目の当たりにしてきただけに、米国での在外研究中も、そして日本にもどってからも、有用なデータベースやソフトウエアがないかということに人一倍敏感だったのでしょう。
 三つ目は、「異質の組み合わせ」ということについて。
 山中先生は、いろいろなインタビューで、お弟子さんの高橋和利さん(奈良先端大の最初の3人の学生の1人、現・京都大学iPS細胞研究所講師)の貢献について、必ずといってよいほど言及されていますが、本書のなかにも、高橋さんの発想のユニークさが書かれています。候補遺伝子を100個くらいから24個に絞り、それらを1個ずつ皮膚の細胞に送り込んで、皮膚の細胞の初期化ができないか、実験を繰り返していた頃のことです。
〈……しかし、皮膚の細胞は初期化せず、ES細胞のような細胞はできませんでした。途方に暮れていたところ、ぼくと一緒に奈良先端大から京大に移ってくれた高橋君が驚くべき提案をしました。「まあ、先生、とりあえず二四個いっぺんに入れてみますから」 なぜこれが驚くべきことかというと、遺伝子を外から細胞に送りこんでも、ちゃんとその細胞が取りこんでくれる確率はそんなに高くなく、だいたい数千個のうちの一個くらいの割合です。もし遺伝子が二個であれば取りこまれる確率はもっと低くなる。まして二四個なんでできるはずがない。そう考えるのがふつうの生物学研究者です。その点、もともと工学部出身の高橋君はふつうの生物学研究者にはできない発想ができたのだと思います。実際に二四個すべて入れたところ、なんとES細胞に似たものができました。〉(P113〜114)
 このようにして、24個の中に初期化因子があることは間違いない、ということがわかったのですが、その中の1個だけではなく、複数個が関係しているということもわかっていたので、その複数個の因子をどのように特定するか、ということが次の目標となりました。2個なら、24個から2個を選ぶ組み合わせの数は276通り、3個なら2024通り、……。「こんなにたくさん実験できない」と、山中先生が考えあぐねていたところ、高橋さんは、「そんなに考えないで、1個ずつ除いていったらええんやないですか」と言ったというのです。山中先生は、なるほど、「もし本当に重要な遺伝子なら一個欠けても初期化できなくなってしまう。まさにコロンブスの卵のような発想」と、そのアイデアを聞いた時の驚きを率直に述べています。そして、実際にそのような手法で、1年という短い期間で、4個の遺伝子が特定されたのです。
 山中先生はさらっと書いていますが、お弟子さんの高橋さんが工学部の出身で、従来の生物学研究者ではできない発想ができたということが、20年〜30年かかると思われた研究が、これほど短期間で実現した要だったようにも思います。そして奈良先端大という新しい発想の大学だったゆえに、山中先生と高橋さんが出会うことができたともいえるのではないでしょうか。
 以上、3点に絞ってご紹介しましたが、本書に示される山中先生の歩みには、「創造とは何か」「イノベーションに必要なものは何か」ということに関するヒントがたくさん詰まっています。私自身も本書を、折に触れて再読することになる予感がします。

山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた

山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた