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書評『ストーリーテリングのリーダーシップ』

リーダーシップ 言葉

ストーリーテリングの第一人者である、ステファン・デニング(Stephen Denning)の著書“The Secret Language of Leadership: How Leaders Inspire Action Through Narrative”の翻訳書『ストーリーテリングのリーダーシップ』が刊行された。原著の刊行から5年近くかかっているだけあって、とても読みやすく、しっかりした翻訳である。

ストーリーテリングとは、もともとは一般名詞(「物語ること」)である。しかし、おそらくマーケティングにおける「ストーリー」が重視されるようになって以降、ビジネスの世界でも「ストーリー」や「ストーリーテリング」が言われるようになってきた。
私自身が「ストーリーテリング」という言葉を経営に関わる言葉として明確に意識したのは、ステファン・デニング、ジョン・シーリー・ブラウン、ラリー・プルザック、カタリナ・グローよる『ストーリーテリングが経営を変える』という書に出会ってからだ(『ストーリーテリングのリーダーシップ』の監訳者である高橋正泰氏、高井俊次氏がこの共著の監訳も行っている)。この4著者による『ストーリーテリングが経営を変える』では、ナレッジ・マネジメントで著名なラリー・プルザックの章の印象が強く、ストーリーテリングとは、組織の内部でのナレッジ・マネジメントの一手法であり、組織文化を強めるためのものなのか、という印象を持っていた。
 しかし、今回、ステファン・デニングによる単著である『ストーリーテリングのリーダーシップ』を読んで、ストーリーテリングが「変革」を行おうとするリーダーの、リーダーシップの根幹にあるものだと思うようになった。
 本書によれば、ステファン・デニング自身が、ストーリーテリングの重要性に気付いたのは、世界銀行勤務時代の、自らの経験にもとづいている。デニングは1996年に、当時の世銀においては「シベリア送り」に等しかったIT部への異動を申し渡される。ショックに打ちひしがれるなかでいろいろ勉強を重ねた結果、ITによる「知識共有」というテーマに行きあたり、「世銀をナレッジ・バンクに変える」というミッションを思いつく。経営改革委員会でのプレゼンテーションの機会を利用して、デニングは、あるストーリーを基軸においたプレゼンを行う。そのストーリーとは、ザンビアのある町のヘルスワーカーがマラリアの対処法について知ろうとしたときに、世銀には何も情報がなく、疾病対策予防センターという別の組織のウェブサイトで必要な情報が得られた、というものだった。この物語のなかに「世銀が存在しないこと」を問題点としてクローズアップし、自分たちが個々にもっている専門知識を、世界中の人々がアクセスできる知識にすることができたら、どんなに素晴らしいことが起こるか、というビジョンを描いてみせた。このときの10分あまりのプレゼンは圧倒的な共感を呼び、その後、いろいろな抵抗勢力はありながらも、世銀の公式の戦略となった。
 このプレゼンテーションの中で、決定的なインパクトをもったのがザンビアのストーリーである。こうしたストーリーを、デニングは「スプリングボード・ストーリー」と呼んでいる。そして、プレゼンテーション全体の構成を、「聞き手の関心を引く」→「関心を自発性に変える」→「理由を示し自発性をさらに強固なものとする」ことが、とりわけ変革を目的とするコミュニケーションの際には有効であると述べている。(序および巻末付1、第1章)
 リーダーシップの言葉が備えるべきイネーブラーを、デニングは3つあげる。第一は、「明確な目標を提示し、新しい未来への熱い思いを引き出すこと」。第二は、「リーダー自らのストーリーを語り、目標にコミットすること」。第三は、「聞き手のストーリーを理解すること」。とくに、第二のイネーブラーに関するデニングの言葉に、強いインパクトを感じた。

リーダーは、自らを変革に捧げると決意した時、リーダーとなるのだ。リーダーは、リーダーという立場を選び取るのである。ルビコン川を渡るものをリーダーというのだ。(中略)彼は、変革の価値を確信し、何が起ころうとも、変革を達成することを決意する。こうした内的なコミットメントがリーダーの使うことばに命を吹き込み、リーダーが提起する新たな生き方の物語の中心となるのだ。(p.93)

 つまり、行動をともなわず、言葉だけが独り歩きしてもだめなのだ。では、こうしたリーダーになれるのは、限られた天賦の才を持つ人だけなのか? そうではない、とデニングは明確に否定している(第7章)。そして、カリスマ的リーダーして知られるマハトマ・ガンジーの次のような逸話を紹介している。若き日のガンジーは、ロンドンで法廷弁護士になる勉強をし、インドで弁護士業務を開始したが、「ようやく依頼を受けた裁判で、彼は法廷に立って、唯のひとつの質問も考えつくことができなかった。……それ以後、彼には依頼がこなかったとされる」。しかし、弁護士としては収入を得ることができなかった彼が、南アフリカでのある経験をきっかけに一変する。

彼がファーストクラスに乗車券を持って乗っている時のことだ。彼は、ある白人乗客の求めに従った白人のガードマンに列車から放り出され、暗く寒い待合室に閉じ込められたのだ。彼は、この事件が起こって1週間もたたないうちに、プレトリアでインド人の集会を開催し、白人の人種差別について糾弾したのである。これこそが彼の最初の公的場所でのスピーチであった。問題に対する情熱が、彼の内気で臆病な気持ちを追いやったのである。彼は自らのコミットメントを伝えていくには、ことばが必要だということに気づく。(p.255)

今日ではカリスマ的リーダーと思われているガンジーも、リーダーになった後にカリスマ性がついてきたのである。
以上で紹介させていただいたのは、豊饒な内容をもつ本書のごく一部分にすぎない。事例がとても豊富で、また、様々な参考文献とひもづけられているので、この分野を知りたい人にとって、不可欠のテキストであることは間違いない。そして、デニング自身が、冒頭で紹介した世銀での経験をきっかけに、「ストーリーテリング」の伝道者になったということ、つまりデニング自身が「新たな物語」を生き始めたことそのものが、何より本書を説得力のあるものにしている。

ストーリーテリングのリーダーシップ

ストーリーテリングのリーダーシップ