読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

石原吉郎的リアリズム

言葉 リーダーシップ

一般に共生とは二つの生物がたがいに密着して生活し、その結果として相互のあいだで利害を共にしている場合を称しており、多くのばあい、それがなければ生活に困難をきたし、はなはだしいときは生存が不可能になる。(……)たぶんそれ(共生)は、偶然な、便宜的なかたちではじまったのではなく、そうしなければ生きていけない瀬戸際に追い詰められて、せっぱつまったかたちではじまったのだろう。
「ある<共生>の経験から」(石原吉郎『望郷と海』、ちくま学芸文庫版、19ページ)

 詩人の石原吉郎は上記エッセイのなかで、シベリア抑留時に自らが経験した<共生>がいかにすさまじいものであったかを綴っている。たとえば、食器が不足しているため一つの飯盒に盛られた粥やスープを二人の抑留者が食するのだが、厳密に二等分するために、いかなる方法が考案されたかが微に入り細に入り描写されている。また、一人一枚しかない毛布で、シベリアの冬をどう乗り切るか。二人一組になり、「一枚を床に敷き、一枚を上に掛けて、かたく背なかを押しつけあってねむるほかなかった。とぼしい体温の消耗を防ぐための、これが唯一つの方法であった」(同、26ページ)。
 私は、石原吉郎のこのエッセイを読んで以来、共生とはこのような冷徹なリアリズムにもとづくものであると思うようになった。だから、以前に当ブログでご紹介した、仙台の奥山恵美子市長の震災時のお話も、至極納得できるものだった。

「『絆』ということが言われたけれど、それはなまぬるい(理想主義的な)ものではなく、お金に全く価値のない社会が生まれたときに、拠り所となるのは人間関係だけ」というリアリズムにもとづくものである

 また最近、ある経営者(アスクルの岩田彰一郎社長)のお話を伺う機会があったが、岩田社長のお話でとても印象的だったのは、以下のようなリアリズムにもとづく経営観だった。
 「関係者は皆、平等だけれども、この“大アスクル”は仲良しクラブではなく、“社会最適”だと思っている。参加する人達がきちんとそれぞれの機能を果たしているから最適であって、機能がないのに組んでしまうと“不適”な構造になってしまう」
「お客様に導かれ「勝てる構造」を研ぎ澄ます――アスクルを進化させ続ける岩田彰一郎社長」 
 リアリズムというのは「切実さ」であり、突き詰めると、「生きるか死ぬか」という瀬戸際でのギリギリの緊張感である。これはリーダーの資質として必須であると同時に、先日少し書いた、「プロフェッショナリズム」にも必要なものだと思う。