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東日本大震災・海外報道の舞台裏

昨日(6月3日)、「東日本大震災・海外報道の舞台裏〜外国メディアは日本をどのように報道したのか〜」と題されたセミナーに行ってきました。講師は、Eric Johnston記者。The Japan Timesの大阪支局次長で、日本で20年間取材を行っているという方です。モデレーターは、石倉洋子さん。さっそく、石倉さんのブログにも昨日の様子が書かれているので、そちらも参照してください。

震災時、私自身は日本にいたので、海外でどの程度「過剰な報道」な報道がされたのか、というのは、肌感覚ではわからないのですが、海外にいる知人から、「東京を離れたほうがよいのではないか」といったメールをもらったりしたので、とくに原発に関しては、その危険度を大きく報じる報道がかなりあったのだろうと想像していました。また、東京在住の外国人が帰国したり、あるいは関西に拠点を移したり、そして、何より、海外から日本を訪れる外国人の数が急減したことから、海外報道が彼らの行動に大きな行動を与えたのだろうと推測していました。(東京在住の外国人の帰国や関西移動に関しては、その企業の上層部の指示・危機対応マニュアル等に基づいての行動という話も聞いていますので、必ずしも報道が直接的原因ではないと思いますが、間接的にであれ、企業行動などにもかなりの影響を及ぼしたと思います。)

ジョンストン記者が、必ずしも正確でないセンセーショナルな記事が海外で出回った原因として挙げていたのは、次のようなことでした。

  • 震災後、米国などの主要メディアは、日本についての知識があるわけではない「スター記者」たちを送り込んだので、日本に関する誤解にもとづく報道も行われた。
  • 来日した外国メディアの記者たちは、東北の現地での人々の取材を優先したので、どうしても東京の情報が手薄になり、不正確な情報がそのまま引用され、増幅した。
  • 日本政府は、外国マスコミに対しての英語での情報提供(ブリーフィング)が不十分だった。(記者クラブ制の弊害という意見、もっと日本政府はコミュニケーションをオープンにするべき、という海外メディアの意見あり。)

このような原因により、「日本でチェルノブイリのような事故がおこり、メルトダウンが生じ、日本はパニック状態になっている、東京はゴーストタウン」というようなストーリーが海外に伝わることになった、ということでした。
さすがに、こうした報道には、もとから日本にいる外国人記者たちが危機意識をもち、「恥辱の壁」(Wall of Shame)というホームページをつくり、問題報道のリストアップが行われています。

報道の全体的な分析の後、ジョンストン記者が「My own view」として述べていたのは、次のことでした。

  • 前例のない災害だったので、完全な取材は不可能。
  • 日本社会についてわかる記者がそもそも少ない。
  • 原子力に関しては、客観的・中立的な取材が困難。各国とも自国の事情に左右される。
  • 首都である東京に影響があったから、海外で大きく報道された。
  • (水素)爆発の映像が海外でも放映されたので、記事も過剰になった。あの映像がなかったら、もっと冷静に報道されたのではないか。
  • 今回、FacebookTwitterで被災者やNPOが現場から発信できたので、そうした現場の声を記事に拾うことができた。今後はそうしたソーシャルメディアによる情報と、正式な取材による情報をどう組み合わせたらよいかが、ますます課題になるだろう。


質疑応答でも、活発な議論が繰り広げられましたが、印象的だったのは、以下のような意見や問いでした。

  • 内閣のグローバルコミュニケーションの担当者は一生懸命やっていたが、情報を「感度をもって、整理して、明確に出す」という意識がまだ足りない。
  • 代表者一人が語る(One Voice)がよいのか、いろんな情報をたくさん出すのがよいのか(石倉さんの問い)。情報源は複数あったほうがいいが、ただし、東電と保安院と枝野長官の説明が食い違う、ということはまずい。
  • 原子力のようなある程度の専門性を必要とする場合に、記者はどうすべきか。学者のように10年も研究してから記事を書くというわけにはいかないので、専門家を取材して書くということになるが、そのときには「integrity」が必要(ジョンストン記者)。また、そうした専門家がどういう立場の人なのかは、読者に対してもあらかじめ明確にすべき。


最後に、石倉さんが会場に問いかけたのは「では、私たちは何をしたらいいのか? 世界の人はいま皆、日本人を見ている。私たち一人一人も情報発信をしていくべき」ということでした。
私自身は、自分が専門でないことについて、ブログなどに書くことには抵抗があり、これまであまり書いてきませんでしたが、読んだ記事で参考になったものをツイートしたり、ということはできるので、たとえばそうした形で、もう少し積極的に情報発信に関わっていきたいと思いました。

また、このセミナーを聞いていて、海外での報道に限らず、日本での震災・原発報道にも共通する点がとても多いことに気付きました。
私自身が、メディアの人に期待するのは、「点の情報を伝えるのでなく、線や面としてみせてほしい」ということです。たとえば放射線の情報ひとつとっても、「点」の情報だけ伝えられても、それが時間軸で見て増えているのか減っているのか、地域的な広がりがどうなのかがわかりません。震災からすぐの時点で、大前研一さんのユーチューブ映像を見てなるほどと思ったのは、「全体像、長期的見通し」がわかるものが、その時点で他にほとんどなかったからです。

そして、今回のセミナーでは中心テーマではありませんでしたが、「ウェブ時代のメディア報道のあり方」についても、私自身は今回の震災を通じて、いろいろと考えさせられました。たとえば、南相馬市の桜井市長のユーチューブ映像(英語の字幕つき)が、世界中でたいへんな反響を呼んだことは、よく知られる通りですが、報道の力を借りずとも、あのように、直接世界に向けて発信することができる時代です。そうしたときに、マスメディアならではの情報の伝え方というのはどういうものなのでしょうか。私見ですが、危機が起きた直後の、「情報を早く正確に伝える」ということの次の段階では、「どうわかりやすく伝えるか」「全体像をどう見せるか」という「編集」の側面が、ますます重要になっていくのではないかと思っています。