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CitiグループCEOの卒業式スピーチ

毎年、5月のこのくらいの時期になると、米国の大学の卒業式で、著名な経営者や大統領などが記念スピーチをするのを楽しみにしています。あのスティーブ・ジョブズの伝説的なスピーチも、スタンフォード大学の卒業式でのものでした。
このブログでも、以前に、グーグル創業者(この4月からはCEO)のラリー・ペイジのスピーチ、そしてアマゾン創業者、ジェフ・べゾスのスピーチを紹介したことがあります。
今日は、今年5月18日にペンシルベニア大学のビジネス・スクールであるウォートン・スクール(Wharton School)の卒業式でCitiグループのCEO、Vikram Pandit氏が行ったスピーチをご紹介したいと思います。氏は、2007年12月にCEOになり、サブプライム・ローン危機をトップとして経験し、あたかも「タイタニック号の船長」のようだったという自身の役割についても、このスピーチの中で述懐しています。


Pandit氏は、まずスピーチのはじめのほうで、卒業生たちがここで学んだ2年間は、この20年間のうちで、勉強するのにベストの時期だった、なぜならアメリカと世界経済が難問(サブプライム・ローン危機)に直面した時期だったから、と前置きしたうえで、次のように語っています。

Over the last two years, I too received a great education, facing crises and making decisions―many of them very difficult.
People often ask me: what prepared me to make these decisions? Certainly, I had no formula. There were no courses or case studies that I could look back on for the answers. The problems were too new, too unique, too complex, and too fast moving for that.

「私もこの2年間、危機に直面し、決断を下すという、何ものにもかえがたい教育の機会を得ました。その多くが非常に困難な決断でした。『これらの決断に何が役立ちましたか?』という質問を、たくさんの人から受けましたが、実のところ、私は何の公式も持ち合わせていませんでした。これらの問題の答えを導き出す時に参照できるようなコース(課程)もケース・スタディもありませんでした。これらの問題は、前例がなく、独特であり、複雑で、刻々と状況が変化するものだったからです。」


このあと、自分のこれまでの全部のキャリアを振り返っても、このときの決定に役立つものはなかった、として、自身のキャリアに焦点を合わせ、その時々の重要な決断やターニング・ポイントについて述べて行きます。

The first important career decision was to determine what I really liked. Like any good Indian son, I was going to be a doctor or an engineer. I'm sure some of you can relate to that expectation. I chose engineering. I learned two things very quickly. I wasn't passionate about it. And I wasn't great at it.
I switched to finance and stuck with it through a master's and then a Ph.D. The next logical step was teaching. But I wasn't much better at teaching than I was at engineering. More importantly, I found that passion for the subject matter didn't translate to passion for teaching it. I was much more interested in practice than in theory.

「自分のキャリアに関する最初の重要な決断は、自分が本当に好きなことをキャリアとして選択する、ということでした。インドの良家の男子に多いパターンなのですが、私は最初は、医師かエンジニアになろうと思っていました。それで、エンジニアリングを選択し、二つの領域を学んだのですが、それに情熱がもてず、たいしたことができませんでした。それで、金融に専攻を変え、修士号と博士号をとりました。普通に考えれば、次のキャリアは(大学で)教えること、ということになるのですが、教育は、エンジニアリングと同様、私に向いていませんでした。さらに重要なことは、そのテーマそのものへの私の情熱は、それを人に教えることへの情熱に翻訳できるものではありませんでした。そして私は、理論よりも実践に興味がありました。」

That led to my second big decision―where to go next? I knew that leaving academia for Wall Street would be a risk. I already had a teaching job at a major university and―as your professors can tell you―those jobs are coveted and hard to get.
I had to get this right. I needed to find the right company with the right culture. I joined Morgan Stanley in 1983, attracted above all by its culture at that time.

「このことは、二番目の大きな決断、『次にどこに行くべきか?』につながりました。大学を去ってウォールストリートに行くことは危険だと知っていました。そのときすでに、有名大学で教え始めていたのですが、そのポストは羨望の的で、なかなかつけるものではありませんでした。この二番目の決断を正しく行う、つまり、正しい企業文化をもった正しい会社を選ぶ必要がありました。そこで1983年に、当時、その企業文化が魅力的だったモルガン・スタンレーに入りました。」


Pandit氏によれば、当時、同社はまだ2500人と規模がそれほど大きくなく、プライベートバンクとして、顧客に尽くすことを社是として、資金運用を行っていました。バンカーたちは長期雇用され、新人にもきちんとしたトレーニング・システムがあり、信頼で結ばれ、マイクロマネジメントは行われず、自由と責任が与えられる環境でした。

The atmosphere was intense without being dog-eat-dog competitive. People helped each other succeed. It became clear over time who thrived in the firm's culture and who didn't. It was a true meritocracy.
Two things mattered above all: integrity and quality. Was our work guided at all times by the best interests of the client? And was it absolutely first-class in every respect?

「皆、仕事熱心だけれど足の引っ張り合いはなく、お互いに仕事がうまくいくよう助け合っていました。この企業文化において、誰が成功し、誰がうまくいかないか、ということがだんだんとわかってきました。それは、真の実力主義だったのです。この会社では二つのこと、つまり誠実さ(integrity)とクオリティが常に問われていました。すなわち、『私たちの仕事はいつも顧客にとって何がベストか、ということに導かれているか?』『あらゆる点においてファースト・クラスの仕事であるか?』ということが重要でした。」


Pandit氏はまもなく、「syndicate desk」の長になります。企業の株式公開を取り扱う部署で、ネットスケープやコンパック、シスコなどのIPOや、GMやIBMの資金調達のプライシングを行うまでになります。しかし、ここでまた次の転機が訪れます。自分のプロジェクトだけに責任をもつ立場に安住していていいのか、と疑問をもつようになったのです。

But soon I faced a third key turning point. Would I remain an individual producer or would I take on the responsibility of producing the producers? Could I groom and manage my own team … and take pride not in my own achievements but in what others achieved?
There was only one way to find out. It required stepping out of my comfort zone, which can be risky―and scary. But I did it―I accepted the job as head of the derivatives business. Managing people is so much more complex than managing projects. It's also a lot more rewarding … and a lot more conducive to personal growth.

「三番目のターニング・ポイントに直面しました。一(いち)プロデューサーにとどまるか、プロデューサーをプロデュースする責任を負うべきか? 自分のチームを育て、マネージすることができるだろうか? 自分の成果でなく他人の成果に誇りを持つことができるだろうか? 一つだけ道がありました。それは、私に、コンフォート・ゾーン(居心地のよい場所)から出ることを求めるものでした。それは、リスクがあり、恐ろしいことでした。私はデリバティブ・ビジネス部門の長になったのです。部下をマネージすることは、プロジェクトをマネージすることに比べて、はるかに複雑でしたが、報酬は高く、自分の成長にもつながるものでした。」


このあと、Pandit氏は、「最も困難だった」、四番目の決断について語ります。すなわち、モルガン・スタンレーの企業文化が企業買収をきっかけに変わり、会社の方針と、自分のビジョンが合わなくなります。かつてのモルガン・スタンレーの「talent-based, entrepreneurial culture」を大事にしたいのに、新たな会社の方針は、「more process- and product-driven」を志向するものでした。

So I left and started a business with a talented team of partners with whom I had been working for years. Our business was soon acquired by Citi. We were thrilled to become part of a 200-year tradition and to join the only bank active in virtually every country in the world.

「私は、モルガン・スタンレーを去り、それまで何年間も一緒に働いてきた才能あふれるパートナーたちとともに、新しい事業を始めました。この事業はまもなくシティ・グループに買収されました。私たちは200年の伝統をもつ、全世界に展開する唯一つの銀行の一部分となったのです。」


しかし、さらなるターニング・ポイントがおとずれます。シティ・グループのCEOは、Pandit氏が、自らの事業にとどまることを望まず、シティの法人顧客部門の長になるように要請します。これは、モルガン・スタンレー時代にやっていたのと同じ仕事で、ただ規模ははるかに大きいものでした。Pandit氏は、昔と同じ仕事をするためにシティにきたわけじゃない、と思いつつも、5番目の決断を行います。

But I could not say no―the fifth decision I want to share with you today. And the reason was simple. When the boss asks you to do something, you can't refuse―unless it's unethical or simply wrong for you. This wasn't. The team needed me in that role at that time.
So I accepted the role. It didn't last long. In a very short period of time I faced another decision―the most important of my career. I was offered the job of CEO of the whole company. This time there was no question that I would do it … because I was confident that I knew what needed to be done.

「私は『ノー』と言うことができませんでした。これが5番目の決断です。理由は簡単です。上司が何かするように言ったら、それを拒むことはできません。それが非倫理的なことだったり、間違ったことでないかぎり。このときの上司の要求は、非倫理的なことでも間違ったことでもありませんでした。法人顧客部門はそのとき、私を必要としていました。それで、私はその地位についたのですが、長くは続きませんでした。すぐにまた別の決断(6番目の決断)に直面したからです。それは、私のキャリアにおいて最も重要な決断でした。私は、シティ・グループ全体のCEOの仕事をオファーされたのです。このときは、迷いはありませんでした。なぜなら、私は、自分に何が求められているかを知っている、ということについて確信があったからです。」

To recap very briefly for those who may not be familiar with the story, I became CEO of Citigroup in December of 2007―a bit like becoming captain of the Titanic after the ship hit the iceberg.

「その後におきたことを知らない人のために、手短にお伝えしましょう。私がシティ・グループのCEOになったのは2007年12月でしたが、それは、タイタニック号が氷河にぶつかったあとに船長になったようなものでした。」

First, we needed to come up with a plan. We took a clear look at our company's DNA and core strengths and at the future of financial services. From there, it was a short step to understanding what parts of the company made sense for Citi's future and which businesses would better thrive elsewhere. We formulated a clear and credible plan―return to our roots, get back to the basics of banking, put clients at the center of everything we do, and sell of non-core businesses―and we stuck to that plan.

「まず最初に、我々はプランをつくる必要がありました。シティのDNAと、コアとなっている強みを明確にし、金融サービスの未来がどうなるかを明らかにしました。そこからすぐに次のステップにうつりました。すなわち、シティのどの部門がシティの将来にとって重要で、どの事業がほかの地域でも成長しそうかを見極めました。我々は明快で信頼できる計画をつくりました。その中身は、我々のルーツ、金融業の基本に立ち返って、顧客を中軸に据えて、コアでない事業は売却する、というものであり、我々はこの計画を守り抜きました。」

We've had to be resolute in staying the course. We were second-guessed from the outside―and sometimes from the inside―almost continuously. The temptation to swerve from the plan was at times overwhelming. But we did not. If we had, I would not be standing here today.

「この計画を守り抜くには強い意志が必要で、外部から横やりが入ったり、ときには内側からの批判もありました。その計画からはずれるという誘惑は抗しがたいものでしたが、我々は誘惑に負けませんでした。もし、そのとき誘惑に負けていたら、私はいまここに立っていないでしょう。」


このあと、Pandit氏は、2008年後半から2009年前半にかけて、困難な時期を乗り切り、シティは生き残ることができたと述べ、「私自身の経験からの教訓(lesson)はとてもシンプルで、ある意味、自明の理ですが」と前置きしたうえでこう語ります。

Find your passion and follow it … choose the right company and culture … don't fear leaving your comfort zone … have the courage of your convictions … and stay the course.

「自分の情熱の源を見つけ、それに従いなさい。企業と企業文化について正しい選択をしなさい。コンフォート・ゾーンを出ることを恐れてはいけません。他人の批判を気にせず、自分の正しいと信じるところに従って行動しなさい、そして自分の選んだ道からはずれないように。」


スピーチの最後の部分で、Pandit氏は、今日の金融ビジネスは、1983年に自身がこの業界に入ったときと似ている点と違っている点がある、と語ります。似ている点は、「コアの強みにフォーカスし、顧客に尽くす」ようになってきた点。違っている点は、1983年には、金融の世界は、米・日・欧の独壇場であり、「hub-and-spoke world」として、その他の世界とつながっていたのが、今は、「networked world」になったこと。「hub」はなくなり、新興国はおたがいに直接取引をする世界になったこと。加えて、これからの時代のキャリアは、新興国の貿易と資本の巨額な流れ、グローバル・ミドルクラスの成長、デジタル化のさらなる進展の影響を受けるようになる、と語ります。

It's a more exciting world―but also more complex. I had to adapt to it over the course of a career. You have grown up with it. That gives you an advantage. Use it wisely.
Thank you and congratulations again.

「それは、よりエキサイティングな世界ですが、より複雑な世界でもあります。私は、自分のキャリアを通じて、その世界に無理やり自分を合わせなければなりませんでしたが、あなたがたは、この世界とともに育ってきています。その利点を賢く生かしてください。」


スピーチはこのような、新しい時代を生きる若者たちに向けての、力強いメッセージで締めくくられています。ウィキペディアによれば、Vikram Pandit氏は、16歳のときにインドからアメリカにわたり、モルガン・スタンレーでは、インド系社員の最初の世代だった、とあります。そこから、シティ・グループのトップへと上り詰めた自身の歩みは、新興国の時代の始まりを象徴するものであるように見えます。そして、「人生における決断」という面でも、「危機におけるリーダーシップ」という意味でも、私自身にとっても、とても学ぶところの多いスピーチでした。