一匹の羊

 手元に本がないので、福田恒存「一匹と九十九匹と」を、茂木健一郎さんのブログから引用(孫引き)させていただきます。

……かれは政治の意図が「九十九人の正しきもの」のうへにあることを知つていたのに相違ない。かれはそこに政治の力を信ずるとともにその限界をも見ていた。なぜなら彼の眼は執拗に「ひとりの罪人」のうへに注がれていたからにほかならぬ。九十九匹を救へても、残りの一匹においてその無力を暴露するならば、政治とはいったいなにものであるか――イエスはそう反問している。

文学は――すくなくともその理想は、ぼくたちのうちの個人に対して、百匹のうちの失はれたる一匹に対して、一服の阿片たる役割をはたすことにある。

そしてみづからがその一匹であり、みづからのうちにその一匹を所有するもののみが、文学者の名にあたひするのである。

震災を報じる記事の、「死者・行方不明者何人」という記述を、もう見ないことにしようと思う。死とは数ではないからである。

以前に、下川さん(id:Emmaus)が、私のつぶやきを書き留めてくださったが、こうした状況において真に力をとりもどすのは、政治でもなく宗教でもなく、文学(文学者の言葉)、そして下川さんのおっしゃるように、音楽、あるいは、芸術・文化なのかもしれないと思う。