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セミナーご報告・「校正」が照らす現代

 昨日、このブログでもご案内させていただいたセミナー・ワークショップ「プロが教える『つたえる』技術――(1)校正とルールづくり」を開催しました。編集コミュニケーション研究会としての、記念すべき第一回のセミナーでした。
 企業の広報担当の方、経営企画担当の方、PR会社の方、校正・編集関係者、著作家、企業経営者で文章執筆の機会の多い方など、多彩な方々にお集まりいただき、「校正」をめぐって、様々な議論を交わすことができました。
 冒頭で私がお話させていただいたのは、次のようなこと。

  • 「編集」は、執筆者と一緒に「誰に・何を伝えるか」を考えるところから始まる長いプロセスで、最後はPublish(公表する、発表する、発行する)。
  • Publishつまり、広く一般(public)に対して伝える前には、書かれていることが間違いないものであるか、「言葉」にフォーカスしつつ、事実関係も含めてチェックすることが必要。それが校正。
  • 一般的には、校正は、文章ができあがってからの、かなり後の工程だと思われているが(実際に、校正の専門家である校正士がかかわるのは、後の方の行程)、企業の広報担当者なども含めた、「編集」に携わる人や執筆者が、最初から「校正マインド」をもっていれば、はるかに質の高いものが早い段階でできあがる。

 そのあと、参加者のみなさんに実際に校正の問題に取り組んでいただきました。なんと、私達が用意した問題の、要校正箇所を全部見つけ出していただいただけでなく、私達が気付かなかったようなポイントに対する鋭い指摘も。
 その他、校正でとくに気をつけたいポイントや、ポリティカリー・コレクトネス、「引用」「転載」に際してのルール、企業の場合の社内での表記ルールづくり、等々のお話を私たちからさせていただきました。
 最後のディスカッションでは、それぞれのもつ「誤植」体験等でもりあがりつつ、特に話題になったのは、

  • 「校正」というのは紙の時代の概念であり、電子時代には、「校正が必要」という意識自体が希薄化しているのではないか
  • 企業が、ウェブサイトの構築などを外部のデザイン会社等に頼む場合、「校正」はどちらが担当するか、が抜け落ちてしまっていて、結果的に校正が入らないでアップされてしまう事態が生じる。

といったことでした。
 たしかに、かつての紙の時代のような意味での「校正」(著者が書いたものを、印刷会社のオペレーターなど他の人が打ち込むことによって生じるミスをつぶすのがメイン)は必要なくなってきています。そして、情報があふれかえる中で、書かれるものの精度が問われにくくなっているのも事実です。
 だからこそなおさら、執筆や編集に携わる人(他の人に向けてメッセージを発信しようとする人)は、言葉の使い方に対しての敏感さを問われていると、私は思います。
 結局、校正は何のためかというのは、このブログでも何度も書いていますように、伝えたいと思う相手、読み手に対する敬意・誠意の現れだと思うのです。皆さんのディスカッションを聞きながら、そのような基本的なことを確認すると同時に、校正も含めた「編集」の大切さを、もっともっと伝えて行く必要があると感じました。

 昨日のセミナーの様子は、林正愛さんのブログもご参照ください。