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本所から世界へ:ある町工場のストーリー

リーダーシップ コミュニケーション

 先週金曜日(11月12日)、関満博さん(一橋大商学部教授)がコーディネーターをつとめる、「フォーラム・イン・すみだ2010」というフォーラムを聴講してきた。スカイツリーもできて、いま盛り上がりつつある墨田区だが、一時期は町工場の廃業があいつぎ、「日本全体の平均より10年早く空洞化がはじまった地域」である(関さん)。それだけに、早くから自治体と地域企業が危機感をいだき、一緒になって取り組みをおこなってきた。何より力をいれたのが、「人づくり」。
 そんななかで育った、凄いアントレプレナーに出会った。伊藤雅樹さん(伊藤バインダリー常務)、1973年生まれ。墨田区本所にある製本会社の三代目である。以下、フォーラムの分科会で伊藤さんから直接伺った、同社のストーリーについてお伝えしたい。
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 同社はもともと、カタログ・パンフレット・販促用DM等の、「製本」企業(印刷ではない)。受注生産産業だけに、広告不況や紙からウェブへの移行の影響をダイレクトに受けている。「このまま受注生産のままだったら、どんどん先細りだ。こちらから提案できるようにならなくては」と、伊藤さんは2年と少し前に、月に1回、土曜日の朝7:45〜8:15の「企画会議」を始める。始業前に、職人さん達を工場の食堂に集めての30分の会議だ(同社は経営側も含めて全部で10人)。
 第一回会議では、誰も一言も発しないまま30分が過ぎた。第二回会議では、一人のベテランの方が、ボール紙などの廃材を利用して、紙製の小さなゲタをつくってきた。おもちゃやお土産になりそうなものだ。それをきっかけに一気にもりあがり、第三回からは若い人たちが、メモ帳やら何やら、紙と製本技術をつかったいろいろな試作品を作って持ってくるようになった。でも、1年経って、ふと気づいてみると、一つも商品化されていない。考えてみれば、同社はこれまで完全なBtoBで、直接消費者に物を売ったことがなかったのだ。販路から何から、何も知らない。
 そうしたところ、墨田区が「ものづくりコラボレーション」というのを始めたことを聞きつけた。著名なデザイナーと町工場の橋渡しをし、デザイン・フィーは区が持ってくれるというしくみだ。そこでデザイナーチーム(プランナー、プロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー)を紹介してもらい、月1回の会議にも参加してもらうようにした。彼らからまず言われたのは「無理している」ということ。「もっと作りやすく、使いやすいものを作ったらどうですか」。でも、彼らは、決して自分たちから「こうしなさい」とは言わず、職人さんたちが作ってきたものに対して、「これよりは、こっちがいい」「もっとこうしたら」と、後方支援に徹した。

 そして、2009年11月に、はじめての商品(メモブロックと、ドローイングパッド)が完成。プランナーさんの紹介で、まずは12月から、青山スパイラルマーケットのセレクトショップに商品をおかせてもらう。続いて、「TASK(台東・足立・荒川・墨田・葛飾)ものづくり優秀賞」を受賞したので、2010年2月に3日間、ビックサイトに無料出展できた。3月にはプランナー・デザイナーと商品開発に参加した各企業とで成るブランド「典型プロジェクト」の展示会に2週間出展。ここで100社と名刺交換し、その中から3〜4社を厳選して、5月から、銀座・伊東屋での取扱いが始まる。
 そうこうしているうちに、「グッドデザイン賞に出してみたら?」と提案され、伊藤さんは、「グッドデザイン賞って何?」という感じだったが、ものはためし、と出展したら、最終選考にとんとん拍子で進み、9月に受賞が決定!(伊藤さんのブログ、本所の製本屋日記参照)。見事、同商品はGマーク商品となった。
 現在では、販売ルートは20社(20店舗)に増え、このところ、月に2社ペースで増えているという。ただ、製品自体は、職人さんの手づくりであるため、大量生産はできず、いくら引きが増えても、どんどん生産を拡大というわけにはいかないそうだ。
 フォーラムの会場で、メモブロックとドローイングパッドを見せてもらったが、大量生産品にはない独特の質感のある、シンプルでスタイリッシュな商品だ。お値段は決して安くないが、それでも「ほしい」と思わせるものがある。
 実際のところ、紙代と職人さんの工賃を合わせた原価を考えると、現在の値段でも、商売的にはなかなか厳しいという。ただ、本業のほうによい波及効果が生まれていて、今までの取引先に対しても、いろいろな提案ができるようになり、また、職人さんたちも、自社企画の面白さを知ったと同時に、本業のありがたみ(本業の方が、利益率がはるかに高い)を知ったという。そして、伊藤さんの次なる挑戦は「世界進出」。本所から世界へ。メイド・イン・ジャパンの新たなストーリーが生まれそうだ。
 今、ネットで注文中の同社のドローイングパットが、数日後には私の手元に届く。そこに何を書こうか、書いたものからどんな企画が生まれるか、今からワクワクしている。「いきなりパワーポイント」ではなくて、質感のいい紙に手で何かを書く(描く)こと。そこから、何かが生まれそうな予感がするのである。