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誰に嫌われるか

筋の良いストーリーに独自のコンセプトは欠かせません。(…)すべてはコンセプトから始まる、ということです。(…)スターバックスにしても、「スターバックスはコーヒーショップですね?」に対して、ハワード・シュルツさんは「いいえ、本当のところわれわれが売っているのはコーヒーではありません」と答えるでしょう。(…)シュルツさんが構想したコンセプトは「第三の場所」(third place)というものでした。職場でも家庭でもないという意味での「第三」です。(楠木建『ストーリーとしての競争戦略』東洋経済新報社、p.263〜268)

「誰に嫌われるか」をはっきりさせる、これがコンセプトの構想にとって大切なことの二つ目です。(…)今では珍しくないことかもしれませんが、スターバックスの店内は当初から禁煙です。(…)スターバックスは忙しい人たちにも嫌われようとしています。(…)全員に愛される必要はない。この覚悟がコンセプトを考えるうえでの大原則です。誰に嫌われるべきかをはっきりさせると、その時点で確実に顧客の一部を失うことになります。しかし全員に愛されなくてもかまわないということ、こでが実はビジネスの特権なのです。(同書、p274〜278)

 本書の著者は、「全員に愛されなくてもかまわない」ということは「ビジネスの特権」と言っているけれども、これは日常の人間関係においても、十分にあてはまると思う。というか、最近、私自身は、この割り切りができるようになってから、ずいぶん気分が楽になった。以前は、「人を不快にさせてはいけない」とか「嫌われないようにしよう」といった守りの姿勢で、言いたいこともあまり言わず、思ったとおりに行動できずにストレスがたまる、ということがよくあった。
 それを繰り返していると、結果として、印象があいまいになるし、守備一貫しないから、自分ならではのストーリーが構築されない。
 考えてみれば、ミュージシャンでも、私が好きだったのは、ジャニス・ジョプリンフレディ・マーキュリー忌野清志郎といった強烈な個性を醸し出している人たちだった。ピアニストだったら、グレン・グールド。好きな画家も、「デトロイト・インダストリー壁画」(自動車工場を描いた途方もなく巨大な壁画)のディエゴ・リベラや、強烈な自画像を描いたフリーダ・カーロルネ・マグリットといった人たち。こうした画家たちの作品には、眉をひそめる人もきっといることだろう。
 村上隆も、きっと眉をひそめる人がいるからこそ、一方にとんでもなく強烈なファンがいて、その作品が高く取引されるのだろう。
 「誰からも愛される」ことをやめて、「誰に嫌われるか」を考えること。それは、思わずニヤっとしてしまうような、知的に楽しい作業なのである。