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登頂のあとの油断

 「この人はプロフェッショナルだなあ」と思う人は、”山頂”を極めたあとも気を抜かない人だ。最近、そんなふうに思うことが多い。私自身はといえば、例えばAさんと一緒に仕事がしたい、と思ったときに、知らず知らずAさんに「会う」ことが目標になってしまって、会えた瞬間に安心してしまう。そして、その後のフォローがおそろかになって、いつの間にか、「一緒に仕事がしたい」という本来の目的が達成されないまま時間が経過していることに気がつく、というパターンが結構ある。ところが、「この人は本物のプロだなあ」と感じる人をよくよく観察すると、”山頂”に到達したあとも、けっして気を抜かない。そこからの粘りが、仕事の達成度を高め、アウトプットに磨きがかかる。
 そんなことを思っていたら、まさにそうしたプロフェッショナルの極意について、登山家の小西浩文氏が次のように書いていた。

経験豊富な登山家が陥りやすい”落とし穴”とは、岩場を抜けた後の尾根など、ごく普通の登山道だ。(中略)これはなぜか。すべては「心」の問題なのだ。(中略)「見るからに危険」という場所は、登山家にとって、己が鍛えてきた「本気の力」を発揮する最適な場所なのだ。当たり前の話だが、気が張っている場所では人は集中する。集中をすれば、失敗をする可能性は格段に低くなる。その逆に、尾根など「見るからに易しい」という場所では、登山家は「本気」にならない。むしろほっと一息つく場所と言っていい。集中力が欠ければ当然ミスがでる。(中略)ベテラン、ビギナーの区別なく、登山家に共通する特徴から言えば、「下り」に事故が集中している。登頂に成功して下山している最中に、喜びも束の間、なんらかの事故をおこしてしまう。最悪の場合、還らぬ人となってしまう登山家が本当に多い。(中略)多くの登山家は頂上を目標にするので、それを達成した後に緊張感が欠けて、集中力が著しく低下する。つまりは「バーンアウト(燃え尽き症候群)」になってしまうのだ。
――小西浩文『生き残る技術』(講談社+α新書、p58〜64)

 小西氏自身は、以下のようにして、集中力が欠けることを防いでいるという。

私の場合、「登山の達人」が第一目標であり、「八〇〇〇メートル峰一四座無酸素登頂」が第二目標。(中略)もっとわかりやすくいうと、私は「登山の達人」になるという最大の目的のため、「八〇〇〇メートル峰一四座無酸素登頂」という、より小さな目標をクリアしているのだ。「達人」になるためには、なにより生き残ることが条件にある。だから、通過点となる一つの目標を達成したところで、私の集中力が欠けることはないのだ。(同書、p64)

 山で50人以上の仲間を失うなかで生き残ってきた小西氏の言葉は重い。仕事の報酬は緊張感の代償、つまり、緊張感の高い仕事をしている人ほど報酬が高い、と思うことがよくあるが、”登頂”後も緊張感を持続できる、集中力と粘り強さのある人が、本当の意味のプロフェッショナルだと改めて思う。

生き残る技術 -無酸素登頂トップクライマーの限界を超える極意- (講談社プラスアルファ新書)

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