電子出版の未来・本の未来

 3月4日から昨日まで、4回シリーズのアゴラ・セミナー「電子出版の未来」に参加してきた。

第1回 3月4日(木):佐々木俊尚(ITジャーナリスト)「電子出版の現状」
第2回 3月11日(木):湯川鶴章(TechWave編集長)「電子出版ビジネスをどう始めるか」
第3回 3月18日(木):田代真人(編集者)・蓮池曜(技術者)「電子出版の実務」
 いずれも司会は池田信夫(アゴラ編集長)
シンポジウム:3月25日(木)出演:湯川鶴章林信行(ITジャーナリスト)、田端信太郎(株式会社ライブドア執行役員)司会:池田信夫

 第3回の先週と、昨日は、アゴラブックスを池田信夫さんと共同でたちあげた西和彦さん(アスキー創業者)も講師として参加。各回とも、刺激的な話が盛りだくさんだったが、私にとってとくに印象深かったのは初回の佐々木さんのお話と、昨日のディスカッションだったので、そこを中心に簡単にメモしておきたい。
(以下は佐々木さんのお話から)

  • 電子出版で出版社はどう変わるか
    • 著者はダイレクトに出版(セルフ出版)できるようにもなるが、デバイスがキンドルiPad、ソニーリーダー、Nookと多数になると、すべての電子書籍ストアに個人で対応するのは大変なので、それぞれの最適な形にフォーマットしてくれる「ディストリビュータ」が必要になる。
    • 音楽業界がiTunes/iPod以降どう変わったかが参考になる。(1)360度契約。所属アーチストについて、CD発売以外にコンサート、写真集のプロデュースなど何でも手がける。(2)フリーランス連合。出版の場合なら、著者、編集者、デザイナー、プログラマーなどがそのつどチームをつくる。「出版社」という組織である必要はなく、固定費をミニマムにできる。
  • 電子書籍化で変わる読書空間(アンビエント化、ソーシャル化、メタ化)
    • アンビエント=遍在。iPodにより、物理的にたくさんのアルバムを持っていることに価値がなくなった。レコードは、かつて時系列で聴かれていた(時代と結びついていた)。今の若い人は古いもの・新しいものを区別しないで聞く。電子本でも、劣化しないので、新刊と既刊の区別がつかなくなるのでは。
    • どうやって本の情報は流通するか。コンテンツとコンテキスト。佐々木氏は月に10万円くらい買う本のすべてをアマゾンで買っていて、その9割はブログや、ツイッターなどで情報を得た本。コンテンツそのものよりも「どう読まれるか」(コンテキスト)の方が重要。ソーシャルメディアにはコンテキストが流れる。「〜のためのおすすめの本5冊」といった書評ブログが読まれるのは、人々がコンテキストを求めているから。最近、リアルの読書会もはやっているように、人々は本のコミュニティを求めている。
    • コンテキストとは具体的には、バックグラウンド、文化、教養、読み手の側がどうしてその本が読みたいのか、といった情報。つまり、「メタ読書」。
    • 従来の読書は、書籍のコンテキストは読者にゆだね、出版社はパッケージ、コンテンツのみに責任をもっていた。これからはコンテキストをどうやって流通させるかが重要。何でこの本が面白いのかという情報つきで本が流れる、そういう文化空間にソーシャルメディアがなり、新しい出版文化が生まれる。

 佐々木さんは、ディスカヴァーから、4月半ばに「電子書籍の衝撃」という書籍を刊行予定とのこと。

 この初回の佐々木さんのお話に加えて、私にとって興味深かったのは、論者によって、「電子書籍」を「紙の本に近いもの」と扱うか、「アプリケーション」として扱うか、スタンスがちがったことである。池田信夫さんのアゴラブックスでは、「紙の本に近いもの」。出す電子書籍が経済書中心ということもあって、従来の本に近いフォーマットを考えている。一方、第二回のときにお話をされた湯川鶴章さんのところは、iPhoneアプリとして、twitterなどとも連動できる、よりハイパーテキスト的なものを考えているという。

iPad」の登場が、今回の電子出版の盛り上がりの台風の目であることはまちがいないが、iPadへの距離感も、論者によって異なり興味深かった。西和彦さんは、これまでは電子出版は絶対うまくいかないと言い続けてきたが、iPadの登場によりその見方を変え、「iPadはいずれ世界で1000万台を超えると予想されるので、その前になるべく早く電子出版のインフラを整備したところが市場を制する」と述べていた。
 また、田端信太郎さんが言っていたように、iPadが雑誌の世界を大きく変えるということは、間違いがなさそうだ。iPad版のTimeの創刊数号の広告は高値であっという間に埋まったというから、広告の世界にとっても、iPadの登場は久々のグッド・ニュースなのかもしれない。

 もう一点、考えさせられたテーマは、電子書籍はどのくらいのスピードで普及するか、という時間軸に関すること。iPadのストアであるiBooksが日本でどのくらい早く立ち上がるかなどにも依存するが、湯川さんは「早くて2年」という見解であり、西さんは、多くの人が、電子書籍が当たり前と思うようになるのは10年、と前回述べていた。

 さて、以下は、私自身の「予測」と「希望」。今回のセミナーでは、「キンドル」の日本での普及に対して、悲観的な見方が多かったが、私自身は、「読む端末」としては、圧倒的に「iPhoneよりキンドル」派である。iPhoneを入手して1ヶ月近くが経ち、移動の折に持ち歩くようになり、出先でのメールチェックなどは本当に便利なのだが、実は電車のなかでiPhoneでウェブ記事を読んでいると、車酔いのような状態になってしまって、あまり長時間読めない。一方、キンドルはつくりは無骨だが、かなり紙の本に近い読書感なので、そのようなことはない。まとまった分量のものを読むには、やはりキンドル(的な)書籍端末が個人的には必要と思う。(そういえば、いちばん初めに「電子端末があればいいのに」と思ったのは、2001年に宮部みゆきの『模倣犯』の単行本が出たときだった。上下巻それぞれ700ページ。泣く泣く、電車のなかで読むことを諦めた。)
 電子書籍端末と類似のものとしては、電子辞書が思い浮かぶ。私事になるが、最近、長男の高校の入学説明会に行ったときに、英語の先生が「紙の辞書の購入をすすめているけれど、実際は9割の生徒が電子辞書を選んでいる」と言っていたのに驚いた。親世代は、「辞書と言えば紙」だったのが、世代がかわると、それが常識でなくなる。面白い本が、いつでもどこでも、なるべく安く読めればいい、それが紙であれ、何かの電子媒体であれ。そのような「紙・電子の併存時代」が、日本でも5年くらいで来るのではないだろうか。もちろん、どれだけ沢山のコンテンツが入ってくるかによるけれども。