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等身大を知ること、夢をもつこと

半月ほど前に、娘の小学校での「二分の一・成人式」に出かけた。小学四年生で十歳になるので、その成長を祝うということで、最近ではあちこちの小学校で四年生を対象に、この「二分の一・成人式」が行われるらしい。娘の小学校の「二分の一・成人式」は体育館で行われたが、体育館の壁いっぱいに、四年生全員が、自分の等身大の絵を描き、思い思いの服を着せたりメッセージを添えたりしていた。等身大に描くに際しては、二人一組になって、一人が紙の上に寝転んで、もう一人が鉛筆で型どりをしたという。
そして、メイン・アトラクションとして、舞台で全員が一人一人、自分の将来の夢を語った。父母たちは「へえ」と感心したり、爆笑したり。野球選手になりたい、サッカー選手になりたい、という子は相変わらず多く、女の子ではパティシエが人気。総理大臣になりたいという子が一人もいないのが、昔と違うところか。「家族全員を船に乗せて世界中を航海したい」なんていう素敵な夢を語る男の子もいた。
でも、子供たちも全体的には、かつてよりは「現実的な」夢をもつ傾向になっているのだろうか。最近読んだ、将棋棋士の羽生善治さんと海洋冒険家の白石康次郎さんの対談集『勝負師と冒険家』(東洋経済新報社)にも、夢をめぐってこんな記述があった。

白石 (・・・)前に、NHKテレビの『課外授業 ようこそ先輩』という番組に出演してびっくりしたことがありました。子どもたちに「自分の夢を書いて」と言ったらね。ある子はウィンブルドンでベスト16になりたいとか、ある子は漫画家の助手になりたいって書いてきた。順位をつけた夢のほうがよっぽど複雑でしょ。ウィンブルドンで優勝とか、漫画家になるというなら話はわかる。要するに、夢をアタマで計算して条件がつくの。自分の力を考えてランクをつけるんですよ、夢に。
羽生 自分で自制しちゃうというか、自分はこの程度と思っちゃうんですかね。
白石 計算するんです。僕の夢には計算なんかないんです。羽生さんは将棋で勝ちたいということで、僕は世界を一周したいということで、それを素直にまっすぐやってきただけ。いまの子どもたちって、僕らの世代よりも何十倍も情報を持っているんです。だから、自分の実力と、その何十倍の情報を合わせてきて、僕はこのぐらいかな、という計算をしてしまう。(p27〜28)

白石さんのこの問題提起に対する羽生さんの応答は、最後の方にもういちど出てくる。

羽生 いまの子どもたちに、一言だけこの言葉を伝えたいなというのを選ぶとしたら、どういう言葉になりますか。
白石 「素直にまっすぐ」です。それだけ。
羽生 私は「裏切らないこと」ですね。前にもちょっと話しましたけれど、これに尽きると思っているんですよね。いまの子どもたちは、周りの空気が読めるというかよくわかっているから、周りの期待にすごく応えようとしちゃうんですよ。そのために自分を裏切っているというケースがすごく多いんですね。応えよう、応えようと思って一生懸命やってるんだけど、じゃあ本当に自分のやりたいことは何かとか、自分が望んでいることは何かということがしっかり持てていないんですね。
白石 それってまったく同感です。(p203〜204)

非常に共感すると共に、子どもにとってだけでなく、大人にとって夢をもつとはどういうことなのか、考えさせられた。たとえば、私自身はビジネスにおいて、「等身大の自分をどうやって売るか」ということを日々模索していて、「等身大」をきちんと認識して、それを正しく伝えることに心を砕いている。けれどもその一方で、夢を持ち続けるということも大事なのかもしれない。「現在の自分」だけでない「未来の自分」を思い描くこと。そんなことに気づかせてくれた「二分の一・成人式」の子どもたちと、白石さん・羽生さんの本に感謝。

勝負師と冒険家―常識にとらわれない「問題解決」のヒント

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