アンゲラ・メルケル独首相の卒業式スピーチ(2019年5月30日、ハーバード大)

 スタンフォード大卒業式でのスティーブ・ジョブズのスピーチ(2005年)で知られるように、米国の大学の卒業式では、著名人がスピーチをすることが多く、テキストや動画がウェブ公開されるものも多い。毎年、そうしたスピーチを読むのを楽しみにしている。今年5月30日には、ドイツのメルケル首相がハーバード大学の卒業式でスピーチを行っている。
 メルケル氏は、旧東ドイツで育ち、1989年のベルリンの壁崩壊をきっかけに物理学者から政治家へとキャリアを転換している。氏の歩みは、戦後のヨーロッパ史を体現しているようで興味深い。が、それ以上に、自身の経験をふまえて卒業生に伝えた「6つの考え方」が示唆に富んでおり、たいへん感銘を受けた。以下、スピーチの流れにそってご紹介していきたい。(部分訳は拙訳)

 冒頭で、メルケル氏は卒業を迎えた学生たちへのはなむけとして、ヘルマン・ヘッセの詩の一部を引用する。

In all beginnings dwells a magic force
For guarding us and helping us to live.
(すべてのはじまりには、魔法の力が隠れていて、私たちを守り、私たちが生きていくのを助けてくれる)

 自身も、1978年に卒業(物理学の学位を取得)したときに、この言葉にインスパイアされたそうだ。
 
 東ドイツで育った頃のことを、氏は、「人々は抑圧され、国家によって監視され、政治的な反対勢力は弾圧された」と振り返る。卒業後に科学アカデミーに就職すると、毎日ベルリンの壁の前を通り、「あの向こうに自由がある」と思いながら職場に通ったという。

The Berlin Wall limited my possibilities. It was literally in my way. But one thing that this wall could not do in all these years: It could not impose limits on my own inner thoughts. My personality, my imagination, my yearnings -- these could not be limited by prohibitions and coercion.
(ベルリンの壁は私の可能性を制限していた。文字通り、私のいく手を阻んでいた。けれどもこの頃、この壁がたったひとつ、阻むことができなかったのは、内なる思想を制限すること。個性、想像力、あこがれといったものは、禁止や弾圧によって制限されることはなかった。)

 
 そして、1989年に壁が崩壊する。「暗い壁だったところに、突然ドアが開いた。私にも、そのドアを通り抜ける瞬間が訪れた。」
 次の部分で、メルケル氏が卒業生に1つめのメッセージを伝える。

During these months, 30 years ago, I personally experienced that nothing has to remain as it is. This experience, dear graduates, is the first thought I would like to share with you today for your future: What seems fixed and unchanging can in fact change.
(30年前に経験したことは、変わらないものは何もない、ということ。私が今日、皆さんの未来のためにシェアしたい第一の考え方は、「固定していて動かないように思われるものでも、変えることができるのだ」ということ。)

 
このあとメルケル氏は、ホロコーストと第二次大戦による文明の破壊を経験した、氏の両親の世代に触れる。ドイツ自体が加害者となった「想像を絶する破壊(unimaginable suffering)」にも言及しつつ、戦後のヨーロッパにおいて、何世紀にもわたる対立に終止符が打たれ、共通の価値観に基づき、勝者と敗者の間の和解が行われたことを語る。
 メルケル氏は戦後のヨーロッパとアメリカの関係にも言及する。マーシャル元国務長官のいわゆる「マーシャル・プラン」(欧州復興計画)は、奇しくも1947年に、マーシャル氏のハーバード大での卒業式スピーチにおいて発表された、とメルケル氏は述べる。

 続いて、メルケル氏は歴史から未来に視点を転換し、保護貿易や気候変動など21世紀が直面している課題に触れ、第二の考え方をこう伝える。

And so this is my second thought for you: More than ever we have to think and act multilaterally instead of unilaterally, global instead of national, cosmopolitan rather than isolationist. In short, together instead of alone.
第二の考え方:私たちは今後ますます、一国主義ではなく多国間主義で、一国の立場からではなくグローバルに、孤立主義者としてでなくコスモポリタンとして、考え・行動しなければならない。つまり、「一人で」ではなく「一緒に」。)

 
 さらに、氏はAI(人工知能)など、近未来の技術によって開かれる可能性について語る。そうした新しい技術の存在を前提として、働き方や、コミュニケーションの仕方、生き方そのものをどう変えていくかを決めていくのは、皆さんの世代だ、と。そして、第三の考え方について、こう述べる。

As Federal Chancellor, I often have to ask myself: Am I doing the right thing? Am I doing something because it is right, or just because it's possible? You should ask yourself that again and again -- and that is my third thought for you today: Do we set the rules of technology or does technology determine how we interact? Do we focus on people with their dignity in all its many facets, or do we only see the customer, the data sources, the objects of surveillance?
(首相として、私はいつも自問してきた。「私は正しいことをやっているか? 正しいからそれをやっているのか、あるいは、単に可能だからという理由でやっているのか?」 皆さんも、何度もなんども自問しなければいけない。第三の考え方:「我々自身がテクノロジーのルールを決めているのか、あるいはテクノロジーが我々の行動を決めているのか? 人々のあらゆる面での尊厳に目を向けているのか、それとも、顧客やデータ・ソースや監視の対象だけに目を向けているのか?」)

 この次の部分で、メルケル氏は自身が政治家としての経験から学んだことを、こう述べる。

I have learned that answers to difficult questions can be found if we always see the world through the eyes of others; if we respect the history, tradition, religion, and identity of others; if we firmly stand by our inalienable values and act accordingly; and if we do not always follow our initial impulses, even with all the pressure to make snap decisions, but instead stop for a moment, keep quiet, think, take a break.
(こうした難しい問題への答えをみつけるために必要なことは、①世界をいつも他者の視点で見ること、②他者の歴史・伝統・宗教・アイデンティを尊重すること、③自らの尊厳を守り、それに従って行動すること、④即断即決しないといけない場面でも、衝動的に行動するのでなく、立ち止まって沈思黙考し、一息いれること。)

 この部分は、衝動的に行動しているように見える政治家(一国の指導者)が多い中、メルケル氏らしい、含蓄に富んだ言葉として、私自身は受け取った。

 スピーチの後半に入り、メルケル氏は再び“壁”に触れる。現在、「心の中の壁、無視や狭量といった壁が存在する。家族の中にも、社会集団の間でも、肌の色や人種や宗教の違う人々の間にも存在する」。こうした壁を壊したい、と説く氏は、第四の考え方についてこう述べる。

Therefore, dear graduates, my fourth thought is this: Take nothing for granted. Our individual freedoms are not self-evident; democracy is not self-evident; neither is peace nor prosperity.
But if we tear down the walls that restrict us, if we open the door and embrace new beginnings, then everything is possible. Walls can collapse. Dictatorships can disappear. We can stop global warming. We can overcome hunger. We can eradicate diseases. We can give people, especially girls, access to education. We can fight the causes of displacement and forced migration. We can do all this.
第四の考え方:当たり前に存在するものは何もない。個人の自由も、民主主義も、平和も繁栄も、自明のものではない。
私たちが、私たちを縛っている壁を壊し、ドアを開け、新しい始まりを歓迎するなら、あらゆることが可能になる。壁は壊れ、独裁は終わる。地球温暖化を止めることも、飢餓を打ち負かすことも、病気を根絶することも、女子が教育を受けることも、移民を余儀なくする原因と戦うことも、すべて実現可能だ。)

 
 第五の考え方はこう続く。

And with these words I would like to share with you my fifth thought: Let us surprise ourselves with what is possible -- let us surprise ourselves with what we can do.
第五の考え方:何ができるのか、によって私たち自身を驚かせよう。)

 メルケル氏は、ベルリンの壁が崩れた時、科学者としての過去を捨て、政治の世界に入った。それは、エキサイティングでmagical timeだったが、疑念や不安もあった、という。その経験から、第六の考え方が導き出される。

Therefore, as my sixth thought, I can also tell you this: The moment you stand out in the open is also a moment of risk. Letting go of the old is part of a new beginning. There is no beginning without an end, no day without night, no life without death. Our whole life consists of this difference, the space between the beginning and the ending. What's in between, we call life and experience.
第六の考え方:開かれた世界では、リスクもある。古いものを手放すことは、新しいことの始まりである。終わりがあるから始まりがあり、夜があるから昼があり、死があるから生がある。私たちの人生は、こうした対立から成っていて、始まりと終わりの間の空間でできている。この間にあるものを、私たちは「人生」や「経験」と呼ぶ。)


最後に、メルケル氏は冒頭で紹介したヘルマン・ヘッセの詩の言葉に再び触れる。すなわち、「はじまりの魔法」を感じることで物事を達成することができ、機会を生みだすことができるのだ、と。
まずは「自分の心の中の壁を壊すべき」というメルケル氏のメッセージは、大学という守られた空間から社会に出ていく若者たちの背中を押したであろうことは間違いない。このスピーチを聞いた中から、「変えられないものは何もない」という信念のもとに世の中を変えていくリーダーが、必ずや生まれてくることと思う。

イチローの3つの言葉

昨夜(3月21日)は、途中から(7回から)イチローの最終試合(マリナーズ対アスレチックス)をテレビ観戦した。
私自身はけっして良い野球ファンではないけれど、イチローの野球に対する真摯な向き合い方、野球=人生という生き方を、常に尊敬の目で見てきた。そのイチローが、最終試合後の会見で何を語るのか。聞き逃すわけにはいかなかった。
会見の冒頭で、「28年間はとても一言で言い表せるものではない」と述べたとおり、ときに言葉につまりながらのQ&Aだったが、自分のなかにある思いを、言葉を選びながらなんとか伝えようとする姿に、イチローの真摯な生き方そのものが凝縮されているように感じた。
特に印象に残った言葉は次の3つ。
「(日米28年の野球人生で一貫していたことは)野球への愛」
「他人との比較でなく、自分のなかの”はかり”に照らして、努力を続けてきた。その積み重ねでしか、自分を超えていくことはできない」
「(子供達へのメッセージとして)野球でなくてもよいので、夢中になれるものを見つけてほしい。好きなこと、夢中になれることであれば壁を超えていくことができる」
訥々とした語りではあったけれど、スティーブ・ジョブズのスタンフォード卒業式スピーチにも匹敵する、歴史に残るスピーチとなることと思う。

備忘録:平成の30年(1989-2018)を「10の変化」で振り返る

来年の4月で平成が終わり、新しい元号の時代が始まる。平成の30年(1989-2018)は、世界史的に見ても、大きな変化が起きた時代であったと思う。いくつかのキーワードと何冊かの本、そして私自身の実体験を手掛かりに、この間に起きた変化をスケッチしておきたい。

1 「歴史の終わり」から「Gゼロ」へ

1989年に「ベルリンの壁」が崩壊し、資本主義陣営が社会主義陣営に勝利したと多くの人が考えた。この頃にベストセラーになったのが、フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』(元となった論文は1989年刊、書籍原著は1992年刊行)。社会主義対資本主義の対立が終わり、「退屈な時代」が訪れるとの主張は、当時それなりの説得力があった。
しかし、2001年の9.11の米国同時多発テロをはじめ、その後の歴史は「退屈」どころではなかった。
イアン・ブレマー『「Gゼロ」後の世界』は、トランプ政権誕生以前の2012年原著刊行である。「G7・G8」でも、新興国を含めた「G20」でもなく、米国一国の「G1」でもなく、「Gゼロ」、つまりグローバル・リーダーシップが失われた時代。
平成の30年は、「資本主義の、社会主義への勝利」のつかのまの熱狂のあと、不確実で不安定な時代へと変わった。戦後世界秩序の盟主であった「アメリカ」が相対化された時代とも言えよう。

2 中国、インドの台頭

中国の名目GDPが日本の名目GDPを追い抜き、世界第2位となったのは2010年である。鄧小平が南巡講和で、外資導入による経済建設を訴えたのが1992年。それから約20年間、平均10%程度(実質GDP成長率)の高成長を続けた結果である。
平成の30年は、中国、そしてインドの台頭が著しかった時代と捉えられる。
それぞれ10億人超を要する大国である点に加え、とりわけ中国は日本の高度成長期のような旺盛な内需が成長を牽引、供給サイドである企業の革新力も著しい。一方、インドでは、同国出身者のグローバルでの活躍が目を引く。Google 現CEOのサンダー・ピチャイ、マイクロソフト現CEOのサティア・ナデラ、ともにインド出身者である。
田中明彦『ポスト・クライシスの時代』(2009年刊)は、アンガス・マディソンの研究を引きながら、インドと中国の世界GDPにおけるシェア(購買力平価ベース)が、2030年にはそれぞれ約23%と約10%、合わせて世界の1/3になる見通しであることを指摘している(日・米・欧の合計も約34%)。つまり、購買力平価ベースではあるが、インド+中国が日・米・欧と経済力において同等となる。
しかし、同書内の同じアンガス・マディソンの調査データによれば、この2030年のインド+中国の比率は、200年前の1820年の比率に戻るにすぎないことがわかる。
詳細は割愛するが、長期の視点で捉えれば、大国インド・中国は、Western countriesが台頭する前の、もとの地位に戻るだけなのである。

3 インターネットの時代

「Bible」(聖書)と同様、大文字ではじまる「Internet」。世界をつなぐ、「ひとつの」インターネット。
私自身がインターネットを使い始めたのは1994年頃だが、2001年頃にGoogleの検索エンジンに出会うまでは、ウェブ検索しても信頼するに足る情報にはなかなか到達できなかった。そもそもそれ以前、「検索する」というのは、図書館のリファレンスブックで情報を調べたり、書籍の索引を調べたりすることを意味していた。隔世の感がある。
阿部謹也「世界に開かれた図書館」(『「世間」への旅』収録)では、阿部氏が1969年にボン大学の図書館を初めて利用した時に、利用規定に「本学の図書館は世界の大学の教員と学生が利用できる」とあるのに驚いた、というエピソードを紹介している。当時(というより比較的最近まで)、日本の大学の図書館の利用は、その大学の教員・学生に限られていたからである。阿部氏は同エッセイで、「(ドイツ語で学問を意味する)ヴィッセンシャフトという言葉は、知識ヴィッセンという言葉に集合名詞を示すシャフトがついて諸学問の体系を意味している。(中略)最終的にはキリスト教の神に連なる世界の理性的秩序の解明こそがヴィッセンシャフトの使命であり、そのために献身する人は誰であれ、皆修道士のように学者仲間として位置付けられている」と述べている。
ヨーロッパの大学図書館、修道院の図書館は、「知の共同体」のための“開かれた”インフラだったのだろう。ただ実際は、キリスト教世界の中だけ、そして近代になるまでは、ラテン語を解する人のための共同インフラだったのであろう。
インターネットは全ての人に開かれたインフラである。その意味で「知の民主化」を成し遂げたと言える。梅田望夫が説いた通りである(『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』)。
SNSの登場以降は、パブリック・スピーキングと、SNSの私的なつぶやきが、ないまぜになっている感はある(米国大統領のつぶやきが、公的なものか、私的なものなのか、判断が難しい)。しかし、そうした弊害はあるにせよ、知の民主化をもたらしたインターネットのインパクトは、やはり計り知れない。

4 「フラット化する世界」、後手必勝

トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』 (2005年)では、インドのバンガロールにある、米国企業のアウトソーシング先であるコールセンターの様子を、「フラット化」の象徴的な風景として描き出す。フラット化の原動力も、もちろんインターネットである。
しかし、世界はフラット化(平準化)するだけではない。
携帯電話、スマートフォンの出現以来、固定電話のインフラがない途上国では、無線基地局が先にできて、携帯(スマホ)のほうが先に普及するといった現象が指摘されてきた。
これは携帯インフラにとどまらない。リープフロッグ(カエル跳び)現象などと呼ばれる。「リープフロッグ型発展:既存の社会インフラが整備されていない新興国において、新しいサービス等が先進国が歩んできた技術進展を飛び越えて一気に広まること。リープフロッグ現象ともいう」(ウィキペディア)。
20数年前(1990年代の半ば)、片倉もと子氏から、「後手必勝」という言葉を伺った。片倉氏は、このことを月尾嘉男氏から教わったという。携帯電話などは後から買えば買うほど、性能がよいものが手に入る、つまり後手必勝、というのだ。当時は「ふーん」と聞き流していたが、気がつけばこの四半世紀の間に、デバイスでも企業間競争でも「後手必勝」、リープフロッグ現象が当たり前のものとなった。

5 「自動車の時代」の終わり

自動車産業の未来を示すキーワードとして、CASEという言葉が最近はやっている。Connected(つながる)、Autonomous(自律走行)、Shared(共有)、Electric(電動)の略だ。これは100年に一度の変化だなどと言われる。自動車の出現が19世紀末〜20世紀はじめ、フォードのT型モデル発売が1908年。
よく知られる通り、T型モデルはオートメーションを取り入れて生産コストを下げ、爆発的にヒットするとともに、T型モデルの工場の労働者の賃金アップにより、労働車がT型モデル車を買えるようになった。
「労働者」が「消費者」となり、その購買力が経済成長を生む。日本でも、「いつかはクラウン」というキャッチ・コピーに見られるように、より大きな車に乗り換える、より大きな家に住む、という欲望が、高度成長とその後のバブル期までの経済成長を支えた。
しかしそれが、1990年代初のバブル崩壊以後、世界的には2008年のリーマン・ショックを経て大きく変わる。高度成長を牽引した欲望の消滅である(次項参照)。
かくして、「自動車」が象徴した20世紀的価値観は、平成とともに終わろうとしている。

6 バブル崩壊、リーマン・ショック、「スペンド・シフト」

上で書いたように、日本ではバブル崩壊、デフレ、平成不況、そして3.11の震災を経て、人々の消費行動や消費意識が大きく変わったと感じる。端的に言えば、モノへの欲望の消滅(あるいは衰退)である。アメリカなどでも、リーマン・ショック後、その傾向が顕著になったとされる。
辰巳渚『捨てる!「技術」』が出たのは2000年。この本自体もベストセラーになったが、その辰巳氏を師と仰ぐ近藤麻理恵氏の『人生がときめく片付けの魔法』が2010年に出ると、瞬く間にミリオンセラーになった。翻訳されると、アメリカをはじめ世界各国でベストセラーに。世界規模の社会現象になったのである。
90年代以降の消費を表すキーワードは、「シェア」および「持たない」。つまり、所有しない、モノを持たないことが価値となった。それまでの価値観の、180度の転換である。
ジョン・ガーズマ『スペンド・シフト』は、リーマン・ショック後、アメリカ人が家を購入する際に、以前より大きな家をほしがらなくなったことを紹介している(「一般住宅の平均面積は、50年にわたってひたすら拡大を続けた後」、「2009年は2010年より10%も狭くなっている」)。最近のスモールハウス流行りもそうした傾向を示す証左と言える。

7 女性活躍

女性活躍推進法が2015年8月に成立した(施行は2016年)。1985年成立(施行は86年)の男女雇用機会均等法から約30年。女性活躍推進法の背景には、人手不足下、女性の労働力化を促したいという意向が見え隠れするが、女性の活躍推進が事業主に義務付けられたことは一歩前進と受け止めたい。
男女雇用機会均等法からの30年、とくに「総合職」と呼ばれた一人一人の女性たちの職場での努力や葛藤については、とてもここでは語りつくせないし要約もできない。100人いれば100人のストーリーがある。ただ、少なくとも、後の世の人たちから「あの時代の女性たちの努力や葛藤があったからこそ、新しい時代が開かれた」とは、思ってもらえるのではないかと思う。

8 少子高齢化 、人口減少

数年前、日本国内の紙おむつの販売において「大人用おむつ」が「赤ちゃん用おむつ」を抜いた、というグラフを新聞で目にした。そのとき、「高齢化社会というのは、大人用おむつの量が赤ちゃん用おむつの量を超える世界なんだな」と、妙に納得したのを覚えている。
「少子化」という言葉が初めて使われたのは、平成4年(1992)版「国民生活白書」の中とされる。当時、会社の上司が、「しょうし、だって。“しょうこ”さんじゃないし、へんな言葉だね」と言っていた記憶がある。今やすっかり一般名詞化しているが、当時は耳慣れない響きだったのだ。
合計特殊出生率の「1.57ショック」が1989年(平成元年)。その後も、「ナントカ・ショック」がなんども繰り返されている。
2018年の人口動態推計の年間推計(厚生労働省発表)によれば、出生数が死亡数を下回る「自然減」が44万8000人。アイスランドの人口が約34万人(2017年)だから、1年間にアイスランド1国以上の人が日本から消えていることになる。

9 「適齢期」の消滅

高齢化社会は、ポジティブに言うと、長寿社会ということになる。長寿社会化に伴って、「結婚適齢期」「出産適齢期」といったものは消滅したように思う。
人々の考え方の多様化を科学の進歩が後押しして、「適齢期」というワクがなくなっていることは喜ばしい。
転職に関しても、2000年頃までは「転職するなら30歳くらいまで」などと言われていた。今は多くの人が、40代でも50代でも軽々と転職していく。
リンダ・グラッドンとアンドリュー・スコットが『ライフ・シフト』で明らかにしたように、“人生100年時代”は、「教育→仕事→引退」という3ステージから、転職や学びを人生の折々でくりかえし、一社専属でない生き方が当たり前になっていく(そうでないと100年はもたない)。
一方で、多様な選択肢は「迷い」も生んでいる。私も含め、同世代(アラフィフ)の少なくない人たちが、今後の生き方について迷っているように思う。「不惑」年齢も40歳どころか60歳くらい(?)へ後ろ倒しになっているのか。あるいは平成後のこれからの時代、私たちはいくつになっても惑い続けるのかもしれない。

10 日本語の文章からの「句読点」の消滅

出版文化史の専門家、永嶺重敏氏によれば、明治20年代(明治20年=1887年だから、今から約130年前頃)に木版本に替わって活版本が普及するにつれて、「句読点」が一般化してきたと見られる(永嶺重敏『雑誌と読者の近代』)。もともと中国から漢文を輸入し、また独特の漢字・かなまじりの仮名書きスタイルをつくりだした日本では、それまで「、」「。」はなくても、読むのに困らなかったのである。
さて、明治以降、100年以上の間、私たち日本人は、「、」「。」に馴染んできたわけだが、最近になって、LINEや Messenger、ショートメッセージなどの普及とともに「、」「。」が消滅してきている。LINEが登場して以来とすれば、2011年以降ということになる。
今は、通常のemailで「、」「。」がない文章を受け取っても、あまり驚かなくなった。ワードファイルで作成したビジネス文書で、ページの端まで行って折り返すのでなく、通常「、」があるべきところで、どんどん折り返しているものを見たこともある。
いわば、平成「散らし書き」ともいうべき、独特の文体。インターネットは、書き言葉としての日本語の変容をも、もたらしているのである。

備忘:構造的暴力の再定義?

ブラック企業、セクハラ、パワハラ、DVといった現代を象徴する様々な問題は、故・高柳先男・中央大学教授が述べておられた「構造的暴力」という概念で整理できそうな気がする(もともとはヨハン・ガルトゥングが提唱)。
かつての日本においては身分制や封建制、家父長制、現代ではブラック企業、セクハラ、パワハラ、あるいはスクールカーストなどのいじめ。抑圧のシステムは、現代になるほどわかりにくく、複雑化し、目に見えない隙間に入り込む。現代の構造的暴力は、一見、親切そうな貌をしているから、よけいにタチが悪かったりする。
どうやったら解き放つことができるのか。力に対して力で対抗するのでなく、構造そのものを溶かしてしまえるような何か。
ここ数日、そんなことをもやもやと考え続けている。

他者への想像力

知的であるということは、他者への想像力があるかどうか、ということ。
教養があるということは、多様な価値観を認められるかどうか、ということ。
現在、出版界で起こっている騒動をみて、知性の劣化を痛切に感じる。
自分とは違う他者がいる、その他者とどう折り合いをつけて生きていくか。
それが知性の始まりであり、知性は磨き続けなければ、すぐに劣化してしまう。

10周年

f:id:fukukm10889:20180422111633j:plain
2008年5月にアテナ・ブレインズを創業して10年が経ちました。設立は5月1日で、実際の営業開始は7月1日(前職を退職後)なので、まもなく10年というべきかもしれません。
10年という数字自体には感慨はないのですが、社会人になって最初の職場(新聞社)が8年半、転職した次の職場(出版社)が9年半なので、最長記録(!)を達成しつつあることには若干の感慨があります。
出版の世界で培った「編集」という専門性をどう応用できるのか。それを模索しながら今日に至っています。ピボット(方向転換)は数知れず。この間、信頼して仕事を任せてくださった顧客の皆様、プロの品質でいつも支えてくださっているパートナーの皆さんには感謝の言葉もありません。
この10年で、編集・コミュニケーションの世界も加速度的に変わってきていることを実感します。コミュニケーション手段が多様になるなか、メッセージを正しく伝えることは、かえって難しくなっているようにも感じます。
時代の変化をふまえつつ、これからも、「編集」を核にできることを精一杯やり続けていくことで、次の5年、その先の10年につなげていきたいと思います。

スターバックスのフィラデルフィア事件をめぐって

日本でも多くのメディアで報道されたので、ご存知の方が多いと思うが、スターバックスが、5月29日午後に米国内の8000店以上の全直営店を、一時的に閉店にするという。約17万5000人の従業員に人種差別に対する教育(racial-bias training)を行うためだ。

事のおこりは、4月12日にフィラデルフィア店で、2人のアフリカ系男性が注文しないまま店内にいた。従業員から店を出るように求められ、「友人を待っている」として店から出なかったため、従業員が警察に通報。2人は「不法侵入」として逮捕された。

この動画がTwitterに投稿され、人種差別との批判が全米でおこった。

CEOのKevin Johnson氏は4月14日に謝罪。
こちらが、スターバックのサイトに掲載された謝罪文
news.starbucks.com

まず、最初におわびを述べた上、すぐに調査を始めたことを報告する(「We have immediately begun a thorough investigation of our practices. 」)さらに、店員教育、翌週には学びのシェアを行うと言う(we will host a company-wide meeting next week to share our learnings, discuss some immediate next steps and underscore our long-standing commitment to treating one another with respect and dignity. )

なお、このステートメントの中にはないが、abc world news(Podcast、4月16 日)は、CEOの発言として、「unconscious bias(無意識バイアス)の教育を行う」と伝えている。

加えて、4月17日に、冒頭に書いた通り、5月29日午後に米国内の8000店以上の全直営店を一時的に閉店にして、約17万5000人の従業員へのracial-bias trainingを行うことを発表した。

徹底している。
明らかなハラスメントに関して、どこか人ごとのような対応をとっている、どこかの国の組織とは、言っていることもやることも、スピード感もまったく違う。

(上記は、abcニュースの他、以下の記事を参照しました)

Washington Post
Starbucks CEO apologizes after employee calls police on black men waiting at a tablewww.washingtonpost.com

ハフィントンポスト 日本版
スタバ8000店で人種差別研修 友人を待っていた黒人男性逮捕への批判を受けてwww.huffingtonpost.jp

Reuters
Starbucks to close 8,000 U.S. stores for one afternoon for racial-bias trainingwww.reuters.com

「相手を批評するときは」

3月1日から31日まで日本経済新聞に連載された、宗教学者の山折哲雄氏の「私の履歴書」がめっぽう面白い。
各回で語られる”覚醒”のエピソードを、まさに知が生まれる瞬間として読んだ。
さて、その連載から最も印象に残った言葉を一つだけ引用したい(3月23日付、連載第23回)。
山折氏自身の言葉ではなく、氏が鶴見俊輔から聞いた、という言葉だ。

「相手を批評するときは、まずおのれの背中に大刀をつき刺し、腹に出たきっ先で相手を突く」

書き言葉と話し言葉が限りなく近づいている今日、もっとも忘れられてしまった精神なのかもしれない。

「ペンで書かれたものは斧でも切り取れない」ふたたび

財務官僚による公文書改竄に、言葉にならないほどの衝撃を受けている。
「議会制民主主義の根幹を揺るがす」などのコメントがあったが、議会制民主主義はおろか、人類が文字を手にして以来の歴史そのものを否定しかねないものであると受け止めている。
文字、文書には記録性、証拠性がある。
文字を手にすること、文書を司ることは権力の象徴でもあり、権力を持つ者をしばる錘でもあった。

以前のブログのタイトルにもした、米原万里さんの書籍中の言葉を再度記しておきたい。
「ペンで書かれたものは斧でも切り取れない」

エモーショナル・クロージャー

 12月も半ばとなり、今年もあとわずか。今年の秋以降、様々な講演会、フォーラムに参加する機会が多く、印象的なお話を数多く伺った。
 その中でも最も印象的だった、ジャレッド・ダイアモンド氏(進化生物学者・ピュリツァー賞作家)の言葉を書き留めておきたい。

ニューギニアのような伝統社会では、争いごとがおこると、現代社会の訴訟と異なり、一生つきあっていかないといけない人間関係の中での解決策として、エモーショナル・クロージャーが大切にされる。

 これはダイアモンド氏が「日立ソーシャル・イノベーション・フォーラム2017」(2017年11月1日)の基調講演の中で語ったものだ。
 ダイアモンド氏は、このことを説明するために、ニューギニアで、少年を車でひいてしまった男性の例を挙げた。亡くなった男の子の父親に対して、「もし自分の息子に同じことが起きたら、どれほど自分は深く悲しむだろう。そう思うと、あなたの悲しみは思って余りある」ということを切々と述べたという。すると、被害者の父親は「わかりました。私たち一族は、あなたに復讐しません」と、赦してくれたそうだ。
 ダイアモンド氏は、自身がアメリカで訴訟を起こしたとき、相手はもともと一回きりの取引の相手で、もう二度と会わないような人であり、訴訟は事務的に淡々と行われたと語った。いかに伝統的社会(ニューギニアのような、500万年前からの連続性のある社会)と、わずか1万年やそこらの歴史しかない現代社会で、「争いの解決」が異なるものであるか、と。
 この話を聞いたときに、二つ思い浮かんだことがある。一つは、故・阿部謹也先生の「世間論」だ(講談社現代新書の『世間とは何か』、朝日新聞社『日本社会で生きるということ』などで読むことができる)。阿部先生がいうところの世間=日本社会は、アメリカ社会よりも、500万年の伝統を引き継いだ社会であるニューギニアに近いのではないか。たとえば、同じコミュニティ(世間)に属する人への贖罪は、裁判での勝ち負けに関係なく一生つづき、多くの場合、加害者の親や兄弟も、罪の意識を負い続ける。
 もう一つは、非言語コミュニケーションと、言語コミュニケーション(特に文字によるコミュニケーション)について。ちょうど今年、私自身が「eメールの書き方」の研修の講師をしたのだが、そのときに「なぜeメールは炎上しやすいのか」というテーマを扱った。対面での話し言葉によるコミュニケーションの場合は、顔の表情や声のトーンといった、非言語で補うことができるが、メールなどの書き言葉のやりとりでは、そうしたもので補えない。「聴く」ことにより相手の反応をみることもできない。それで、論理と論理の応酬になった場合、不幸にして、炎上してしまうことがある。こうした炎上を避けるには、論理的に正しいかどうかではなく、相手の感情に寄り添うことができているかどうかが肝心なのだ。私たち人類が、文字をもつようになってからはわずか数千年。その前の非言語コミュニケーションの500万年の伝統が、いかに強く現代においても作用しているか。それを物語っているように思えてならない。
 なお、ダイヤモンド氏は、けっしてニューギニア社会(伝統社会)を礼賛して、現代がダメだと言っているわけではなく、講演では「現代人の我々も、伝統社会から学べることが多くある」点を力説した。そのスタンスは、氏の近著『昨日までの世界』でも貫かれている。
 阿部先生の書籍のタイトルをもじって言えば、日本社会でいかに生きるか、には、西洋近代社会と、ニューギニアのような伝統的社会という、二つの参照軸があるのだ。そんなことを思いながら講演を聴き、今なおこのテーマについて、考え続けている。

文学の役割ーカズオ・イシグロ氏の言葉から

日本時間の昨夜(10月5日)、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュースが飛び込んできました。
以下はBBCが伝えた、受賞の知らせを受けた後の同氏の言葉より。

"The world is in a very uncertain moment and I would hope all the Nobel Prizes would be a force for something positive in the world as it is at the moment,"

(世界がとても不確かな状態にある今この瞬間、すべてのノーベル賞(受賞者、受賞研究)が世界になにがしか確実なものを与える力になれればと思います)

"I'll be deeply moved if I could in some way be part of some sort of climate this year in contributing to some sort of positive atmosphere at a very uncertain time."

(もし私が、とても不確かな今の時代、今年のある種の雰囲気のなかにあって、どうにかして確かな空気をつくりだすことに貢献できるとしたならば、感慨無量です)

『日の名残り』の作家ならではの、つつましやかな表現ながら、文学の役割、知の役割についての、揺るぎのない確信を感じます。12月の授賞式でのスピーチが今から楽しみでなりません。

(上記の訳は拙訳。せっかくの名文に稚拙な訳で恐縮です)
www.bbc.com