文学の役割ーカズオ・イシグロ氏の言葉から

日本時間の昨夜(10月5日)、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュースが飛び込んできました。
以下はBBCが伝えた、受賞の知らせを受けた後の同氏の言葉より。

"The world is in a very uncertain moment and I would hope all the Nobel Prizes would be a force for something positive in the world as it is at the moment,"

(世界がとても不確かな状態にある今この瞬間、すべてのノーベル賞(受賞者、受賞研究)が世界になにがしか確実なものを与える力になれればと思います)

"I'll be deeply moved if I could in some way be part of some sort of climate this year in contributing to some sort of positive atmosphere at a very uncertain time."

(もし私が、とても不確かな今の時代、今年のある種の雰囲気のなかにあって、どうにかして確かな空気をつくりだすことに貢献できるとしたならば、感慨無量です)

『日の名残り』の作家ならではの、つつましやかな表現ながら、文学の役割、知の役割についての、揺るぎのない確信を感じます。12月の授賞式でのスピーチが今から楽しみでなりません。

(上記の訳は拙訳。せっかくの名文に稚拙な訳で恐縮です)
www.bbc.com

ウィスラー、バンクーバーでの夏休み:印象的だったこと10選

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8月9日から15日まで、カナダのウィスラーとバンクーバーで休暇を過ごしてきました。前半の3泊は、敬愛する石倉洋子さんのウィスラーの夏の家に泊めていただき、残り2泊はバンクーバー。どちらも初めて(カナダ自体初めて)でした。

この旅での、最も印象的だったこと10選を、写真とともにご紹介します。

1 「金メダルじゃないの?」 ゴンドラで上ったウィスラー山
冒頭の写真は、到着2日目に、ゴンドラで上ったウィスラー山の頂上近く。ウィスラーは、バンクーバー冬季五輪で、スキー競技などが行われた場所でもあります。
「銀メダル」か「銅メダル」の台に乗ろうとしたら、石倉さんに「あら、金メダルじゃないの?」と言われ、金メダル台に遠慮しながら乗ったところ。写真で見ると、私も、思いのほか嬉しそうな顔で写っていますね(笑)。


2  How was it? ウィスラーでのZipTrek
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3日目に体験したZipTrekは、ウィスラー山とブロッコム山の間の谷間の川の上を、ケーブルをつたってすべり渡っていくというもの。最初の一歩を踏み出すのがこわかったこと、こわかったこと!でも一歩を踏み出したあとの爽快さは格別のもの。最初の一本を渡り終わったときに、先に着いていた人から(10人くらいのグループで行動)、「How was it?(どうだった?)」と聞かれ、「Wonderful!」と答えました(たぶん。興奮のあまり、あんまりよく覚えていない)。


3   木が大きい
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バンクーバーから、石倉さんの運転する車でウィスラーまで3時間くらいドライブする間で、まず気付いたのは、こちらは木が大きいということ。昔地理でならった「タイガ(亜寒帯の針葉樹林)」とは、このことか、と納得。


4  川(クリーク)の色が緑がかった透明
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文字では表現しづらい、この川(クリーク)の水を、写真でご確認ください。
ちなみに、この川は、Peak to Peakという2日目にのったゴンドラから、そして、3日目のZipTrekからは上からながめ、4日目(ウィスラー最終日)のサイクリングでは間近で眺めることができました。今回は体験しませんでしたが、川下りもこうした川で行なわれるようです。


5  石倉さんは炭水化物を食べない!
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写真は、石倉さん宅でいただいた朝食と夕食。私がいつも朝はパンを食べるということで、この写真には、わざわざ買っていただいたマフィンが写っていますが、石倉さんのふだんの朝食は果物たっぷりのスムージーと、ベリー類、ヨーグルトなどで、炭水化物を食べないとのこと。そして、夜も炭水化物を食べない(東京のお宅には、炊飯器もないそうです)。これは、やってみるとなかなか快適で、ふだんの私の、朝昼晩+おやつ、の炭水化物まみれ生活を見直す、よいきっかけになりました。
もう一方の写真に写っているサーモンの美味しかったこと。ウィスラー、バンクーバーで最も美味しかったもの1つを挙げるとすれば、この、石倉さん宅でいただいた、バーベキューグリルで焼いたサーモンです!


6  習慣の力
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石倉さんは、『世界で活躍する人が大切にしている小さな心がけ』という本に書かれているように、英語を聞く、運動する、といったことを習慣化し、毎日実践されています。
石倉さんいわく、「運動も英語も、毎日やらなくては意味がない。一週間に一度では、やらないのと同じ。いつもの決まった時間にできないときも、なるべく朝早くに実行する。やるべきことをやっていない、もやもやした気分をいつまでもひきずらないために…」。
運動しているときの写真がなかったので、かわりに、石倉さんがお気に入りの場所とおっしゃる、キッチンで立ってパソコンに向かっているところの写真を入れておきます。


7  失敗から学ぶ、気楽にためす
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ウィスラーでの最終日、サイクリングにでかけたのですが、最後、石倉さんとはぐれてしまい、しかもヴィレッジにもどってから、出発点の貸し自転車屋さんがみつからずにぐるぐる回ってしまい、だいぶ心配をおかけしてしまいました。
あとでふりかえって、「出発時点で、自転車屋さんの周囲の写真をとっておけばよかった」、「知らない土地なのだから、余裕を持って戻ればよかった」、「連絡方法を事前に確認しておくべきだった」(肝心のときに携帯が通じなかった)等々、反省材料しきり。
大失敗に落ち込みましたが、石倉さんは「失敗をすると、次からはこうしよう、と用心深くなる」と言って、ご自身がサイクリングで転んで、レンタカーのカギを落としてしまったときのことを話してくださりました。何か失敗をしても、そこで教訓を得て、それをなるべく早い機会にためしてみる、というのが石倉さん流。
「いろいろ考えすぎず、気楽にいろいろ試してください」という、あとからメールでいただいた言葉も、私にはとても貴重なアドバイスでした(『世界で活躍する人…』の中にもある、重要なメッセージです)。


8  ビーチでシェイクスピア
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バンクーバーでは2泊しましたが、到着が夜で、最終日の午前には出発したので、ほとんど中1日。その貴重な一日のメインイベントは、バニエパークという、バンクーバーのダウンタウンの対岸にある海沿いの公園のテントでの、シェイクスピア観劇(Bard on the Beach、毎年夏に開催されている)。私が見たのは「ヴェニスの商人」。言葉は断片的にしか聞き取れませんでしたが、ほぼ、オリジナルの筋書きどおりで(日本で、松岡和子訳で予習ずみ)、役者の演技もとてもわかりやすかったので、思いのほか楽しめました。英語だし、どうしようかな、と半信半疑で日本で申し込みましたが、申し込んで大正解でした!


9  バンクーバーは横浜に似ている
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海にかこまれたバンクーバーは、どことなく横浜に似ていて、なんだか、懐かしい感じの町でした!(写真は、バニエパークに向かう途中の橋から、右手にダウンタウン方向を眺めたもの)


10  世界へ!
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この地図は、Bard on the Beachの会場に貼ってあったもの。世界各国から訪れた人が、ピンを刺していて、私もすかさず、日本のところにピンをさしました。
いろいろ失敗もありましたが、それ以上に学びや発見(とくに、自分自身に対する発見)が大きかったので、今後は今までよりもっと気楽に、世界にでかけてみようと思います!

在宅勤務の罠? テレワーク・デイに思う

今日、7月24日は、総務省、経済産業省ほか多数の民間団体が参加する「日本初の『テレワーク・デイ』」。テレワークとは、「情報通信技術を活用した、場所や時間を有効に活用できる柔軟な働き方」。在宅勤務だけでなく、会社でも家庭でもない場所で仕事することも当然含まれる(リモートワーク、という言い方もある)。

個人的な経験で恐縮だが、感慨深いものがある。20年くらい前(1996-97年頃)に、テレワークという言葉を知り、情報収集したところ、「テレワーク研究会」という団体の存在を知り、メンバーに入れてもらった。座長は大西隆先生、当時は東大の先生で、現・豊橋技術科学大学学長。と言っても、私はまったくの幽霊会員で、会合に2、3度出席しただけ。研究会自体も、その数年後に「役割を終えた」ということで終了になったと記憶している。

その頃、自分自身が乳飲み子をかかえ、子供が熱を出した時など、在宅勤務ができればいいなと思ったことが、テレワークに興味をもったきっかけだ。当時は、クラウドはおろか、インターネットも、まだダイアルアップの時代。それでも、会社に行かなくて在宅で勤務できれば、どんなに便利になるだろう、と思わずにはいられなかった。

その約10年後の2007年頃。当時の勤め先を辞めようかどうしようか、と思っていたころ、「在宅勤務にできませんか」と上司に相談したことがある。「会社を辞める」「毎日通い続ける」という、ゼロか1かの選択の間に、何か道はないか、と思っての相談だった。当時の勤め先には在宅勤務制度はなく、上司も「在宅勤務にできる仕事(=編集など)と、会社にこなくてはできない仕事(=管理系の仕事など)があるから、不公平になる。実現は難しい」との回答だった。

翻って現在。テレワークを日常的に行うようになって9年になる。文字通りの「在宅」勤務と、借りている個人用オフィス(シェアオフィスや、個室ありのレンタルオフィスなど、何度か借り換えている)の併用スタイルだ。今となっては、会社員時代の18年間、毎日往復2時間くらいかけて通勤していたことが信じられない。テレワークは、効率的なことは間違いないが、特に在宅での仕事の場合、いくつか気をつけるべき点がある。

・ONとOFFのきりかえ
よく言われることがだが、在宅勤務を毎日続けると、ウィークデーと週末、1日の中でのONとOFFの切り分けが難しくなる。休日や、1日の中のOFFの時間帯に、急ぎの連絡がないか、ちょっとメールを確認するくらいならいいのだが、やっかいな内容のメールを受け取った場合など、ONとOFFの気持ちの切り替えに支障をきたす。
これについては、私自身は、打ち合わせなどが少ない週は、借りているオフィスへの“通勤”を増やしたりするなど、「場所」に変化をつけるようにしている。また、最近は、土日に受け取ったメールでも、月曜対応で時間的に支障のないものは、土日にはあえて対応しないようにしている。(土日に対応していた時期もあったが、現在はそのようにして、意識的にOFFの日、OFFの時間をつくっている。)

・「家にいる人」と家族から思われ、家事負担が増える
これが、想定していなかった“在宅勤務の罠”だ。通常の会社勤務で、物理的に朝から夜までいなければ、その間に家事がされないことは、家族皆が承知している。しかし、いくらフルで仕事をしていても、場所が“在宅”だと、家にいる人と思われて、細かな用事がだんだんと自分の方に押し寄せてくる。
在宅勤務だと、たとえば電話はほとんど鳴らないので、4時間集中して仕事をするなどが可能だ。せっかくのこうした環境を有効活用するために、私はなるべく時間を切りわけるようにしている(お昼の時間帯に家事をするなど)とともに、最近は家事を「やりすぎない」ように心がけている。
これには、メールをOFFの時間帯に見ないのと同じくらいの、意思の強さが必要になるが、同時に、家庭マネジメント力が重要と感じる。これについては、まだまだ課題が多く、日々、試行錯誤している。「在宅勤務」道は奥が深いのである。

近況など

気がつけば6月も間もなく終わり、今年も折り返し…。日々の雑事に追われて、すっかりブログから遠ざかってしまっていたので、ここ半年くらいの仕事について、まとめてお伝えします。
(ブログも更新しないし、facebookにもほとんどpostしていないので、「最近、元気ですか?」とご心配くださったかたもいらっしゃいます。はい、元気です。元気なんですが、ものぐさなので。。)

  • 最近の仕事

2年おきぐらいにガラッと仕事内容が入れ替わることを、2008年の創業以来、何度も経験してきましたが、今もまたそのタイミングのようです。今年の春〜夏は、こんな仕事をやっています(やってきました)。

    • 日本企業のグローバルマーケティングの支援(海外向けコンテンツの作成)
    • 企業の文書作成講座の講師(研修)
    • 企業の会社案内の企画・制作
    • 企業のウェブサイト用記事の企画・編集(数年前〜)
    • 14年前に出した書籍の電子書籍版(あとがき、その他)の編集(この秋刊行)
    • 英語関連書籍の編集(去年から。この秋刊行)
    • 社史の編集、2冊(去年から。1冊は、この夏刊行)

以下の写真は、社史の仕事の関連で4月に訪れた石巻の風景です。(石巻訪問は、震災後の2011年夏から6年ぶり)

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そんなこんなで、なんとか元気にやっております。
気がつけば、アテナ・ブレインズを創業して9周年が過ぎていました。
この間の皆様のご支援に、心よりお礼申し上げます。
半年に一度でなく、せめて四半期に一度くらいご報告できるようにしていきたいと思います。
これからも、お力添えのほど、どうぞよろしくお願いします。

HeForSheセミナーに行ってきました

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今日(3月7日)、HeForSheセミナー「イノベーションが変える未来の仕事〜マインドセットが変える私たちの生き方・働き方」に行ってきました。HeForShe は、UN Womenが発表したジェンダー平等のための連帯キャンペーン(日本サイト)。今回のイベントはPwC Japan、文京区、ユニリーバジャパン、UN Women 日本事務所の共催ですが、聞けば、ユニリーバジャパンの島田由香さん、PwCの唐木明子さんたちが、ほとんど手弁当で立ち上げたイベントだとのこと。
ご本人たちは「手作り感満載」と謙遜していましたが、パネルのメンバーや各パネルの内容が実に考え抜かれていて、4時間という時間があっという間でした。各パネリストの発言に、印象的な言葉や学びがたくさんあったので、備忘として記しておきます。

松尾豊さん(東大大学院工学系研究科特任教授)

「AIの進化が進むと、例えば内科医の仕事の『診断する』という部分はAIに代替される。代替されないのは、患者さんの価値観を知った上で治療法を提案するといった、コミュニケーション力が必要とされる部分。コンサルタント、弁護士といったクライアントに向き合う仕事はみな同様。コミュニケーション力がカギになる」

青砥瑞人さん(DAncing Einstein代表)

「マインドセット、つまり、神経回路が固着化されてしまうと、変わりづらいが、人間の脳は大人になっても変われるもの。行動パターンも変わる」「人間の強みはinvisibleなものをみること。自分の内側をモニタリングする、自分を客観的に俯瞰してみること(メタ認知)が大事」

松本晃さん(カルビー会長)

「4時に帰る、2時に帰ると、(学び、教養、家族と過ごす、健康づくりなどによって)魅力的な人間になる。魅力的な人間がいい仕事をする」「頭を切り替えることは1秒でできる」「(Diversityの実践などは、いつまでに○%など)数字でコミットすることが大事。The number is honest.」

有沢正人さん(カゴメ執行役員)

「働き方改革は生き方改革」「常識を疑う。気づきの原点は、りそな銀行時代。JR東日本副会長がトップになったときに、銀行員の常識は世間の非常識、に気づき、りそな銀行の閉店時間を15:00でなく17:00などに延長した」「Do the right things now.」

八木洋介さん(people first代表取締役)

「『会社が変わらない』と言う人がいるけれど、会社君という人はいない。自分が会社君だと思って変えないと。トップダウンを期待していたら、何も変わらない。自分ができることを、自分の身の回りからやるべき。正しいことをすることが、自分の支持者を増やすことになる」

高津尚志さん(IMD 北東アジア代表)

「ワーク、リレーションシップ、セルフ(自分自身)。優先順位がないかぎり、働き方改革をしても変わらない」「自分の人生をリードできない人は、他の人をリードできない」

井上一鷹さん(JINS MEME開発統括)

「JINS MEME(という眼鏡)では、1 日の目の動きで、どの作業をしていたときに集中力が高かったのかわかる。脳の万歩計。人間の集中力は4時間。その4時間を最適配分する。生産性の一つの指標として。集中力が下がる日や時間帯には、work以外のことをすればいい」

平山景子さん(グーグル合同会社 サーチ&ブランドマーケティング統括部長)

「未来の働き方トライアルに、55社・2000人弱が参加。モデル部署は全メンバー参加、結果を数字で出すことが条件。①Work Anywhere、②Work Simply(会議のシンプル化)、③Work Shorter(今日帰る時間を自分で設計する)。③では、意識改革で1-2時間の時間短縮ができることがわかった」

安藤哲也さん(ファザーリングジャパン・ファウンダー)

「育児は期間限定つきのプロジェクトX。週末だけの育メンは増えたが、それだけではダメ。男性も育休をとると生産性が高くなる。8時に家に帰るためにどうやって仕事をするかを考える」「リスクをとらないほうがリスクになることがある」


「自分が正しいと思うことを身の回りから少しずつ実践することが、世の中を変えていく」。これは私の信念ですが、ここに集まっている人たちは皆心からそう信じて行動していることがわかって、百万の味方を得たように、心強く思いました。日本社会が変わり始めている、とくに男性たちが変わってきていることを体感できたことも、嬉しい驚きでした。

最後に。今日の議論の中で、「take action」は男性のほうがしやすい、という話があったのですが、私はけっしてそうは思っていません。ちょうど今日、会場へ向かう途中でみた、The Economistのtwitterでサッチャー英元首相のこんな言葉がツイートされていました。

“If you want something said, ask a man; if you want something done, ask a woman.”

今日のセミナーを中心になって企画・運営してくださった女性たちの行動力が、何よりそれを証明していると思います。

シカゴからシカゴへ―オバマ大統領「さよなら演説」から

2017年1月10日、オバマ・アメリカ大統領は、シカゴのMcCormick Placeで「さよなら演説(Farewell Address)」を行った。全文は、ホワイトハウスのウェブサイト
Remarks by the President in Farewell Address | whitehouse.gov
に掲載されているほか、多くの日本のメディアでも取り上げられたから、目にした方は多いだろう。
「Hello Chicago!」という、この演説の冒頭の呼びかけは、約8年前の、2008年11月4日にシカゴのGlant Parkで行われた「勝利演説(Victory Speech)」の冒頭とまったく同じものだ。シカゴは、よく知られるとおり、オバマが20代の頃に慈善活動を行った町であり、弁護士としてのキャリアをスタートしてミシェル夫人と出会った、縁の深い町である(政治家としてもシカゴのあるイリノイ州が地盤)。勝利演説の場所として選んだのと同様、さよなら演説で人々に感謝を捧げるのにもっともふさわしい地として、シカゴを選んだのもうなずける。

8年前にオバマの勝利演説を視聴し、テキストを読んだとき、政治とはまさしく、言葉によって説得する技術なのだ、と思い知らされた。今また、さよなら演説を聞き、テキストを読んで、その思いを深くしている。

オバマ大統領の最初の4年にくらべ、残りの4年は、停滞感がただよったことは事実だ。理想主義的な言説が、現実主義者からの批判にさらされたこともあった。しかし、オバマ大統領のもつ言葉の力そのものを否定する人は、アメリカの内にも外にも多くはあるまい。
オバマ大統領の「シカゴからシカゴへ」の旅をしめくくる「さよなら演説」の中から、私がとくに印象深く読んだ部分を紹介しておきたい(引用部分下のカッコ内の日本語は拙訳)。

まずは、冒頭近くの部分から。

So I first came to Chicago when I was in my early 20s. And I was still trying to figure out who I was, still searching for a purpose in my life. And it was a neighborhood not far from here where I began working with church groups in the shadows of closed steel mills. It was on these streets where I witnessed the power of faith, and the quiet dignity of working people in the face of struggle and loss.
This is where I learned that change only happens when ordinary people get involved and they get engaged, and they come together to demand it.
After eight years as your President, I still believe that. And it’s not just my belief. It’s the beating heart of our American idea –- our bold experiment in self-government. It’s the conviction that we are all created equal, endowed by our Creator with certain unalienable rights, among them life, liberty, and the pursuit of happiness. It’s the insistence that these rights, while self-evident, have never been self-executing; that We, the People, through the instrument of our democracy, can form a more perfect union.

(最初にシカゴに来たのは20代の初めです。しかし今なお私は、自分は何者であるのかを理解したいと思っており、人生の目的を探し求めています。私が教会のグループとともに働き始めたのは、閉鎖された製鉄工場が影を落とす、ここからさほど遠くないあたりでした。信念の力を目にし、働く人々が日々、何かと闘ったり、何かを失ったりするなかで静かな尊厳を保っている姿を目にしたのは、このあたりにおいてでした。この地は、「変化」というものは、普通の人々がそれを求めて団結し、積極的に関与したときに起こるのだということを私に教えてくれた場所でもあります。
8年間、大統領として過ごしてもなお、私はそのことを信じています。そして、それは私個人の信念ではなく、アメリカの建国の精神、すなわち自治(self-government)という果敢な実験の根幹にあるものです。)

続いて、中盤あたり。アメリカ人以外には、やや鼻につく表現だが、アメリカとはどのような国であるのかの自己認識をよく示している。

We have everything we need to meet those challenges. After all, we remain the wealthiest, most powerful, and most respected nation on Earth. Our youth, our drive, our diversity and openness, our boundless capacity for risk and reinvention means that the future should be ours. But that potential will only be realized if our democracy works.

(我々アメリカは、そうした困難に対峙するのに必要なものはみな備えています。地球上でもっとも富める国であり、もっとも力があり、もっとも尊敬される国であるからです。若さ、勢い、多様性、開かれた精神(openness)、リスクや革新に対する無限の許容力は、未来は我々の手にあるということを示しています。しかし、その潜在力は、民主主義が機能したときにのみ顕在化するでしょう。)

今回の演説のなかで、やや意外な感じがしたのが、「民主主義」「経済問題」「人種問題」「テロとの戦い」に加えて、「気候変動」の問題への取り組みを、トピックとして取り上げている点だ。そして、その解決にあたっては、「イノベーション」と「実践的な問題解決(practical problem-solving)」が鍵を握っており、それらは、建国以来の米国の精神だと述べている(このあたり、ホフスタッターの『アメリカの反知性主義』での主張につながる)。

Take the challenge of climate change. In just eight years, we’ve halved our dependence on foreign oil; we’ve doubled our renewable energy; we've led the world to an agreement that has the promise to save this planet. (Applause.) But without bolder action, our children won’t have time to debate the existence of climate change. (…)
Now, we can and should argue about the best approach to solve the problem. But to simply deny the problem not only betrays future generations, it betrays the essential spirit of this country -- the essential spirit of innovation and practical problem-solving that guided our Founders.(...)

(気候変動の問題に取り組む必要があります。8年間で、我々は石油依存を半減させ、再生可能エネルギーを倍層させ、地球を守ることを約束する協定(パリ協定)へと世界を導いてきました。しかし、大胆な行動がなければ、我々の子どもたちに、気候変動の存在について議論する時間は残されないでしょう。(中略)我々はいま、この問題を解決する最善の方法を議論することができるし、そうすべきです。この問題の存在を否定することは、将来の世代を裏切ることになるだけでなく、この国の本質を形づくる精神、すなわち、建国者たちを導いたイノベーションの精神と、実践的な問題解決の精神を裏切ることになります。)

演説の終盤では、8年の政権を支えた人たちへの感謝が述べられる。まずは、シカゴの「サウスサイドの少女だった」ミッシェル夫人に対して(そう述べたときに、会場から盛大な拍手が起こったことは言うまでもない)。

(…) You took on a role you didn’t ask for and you made it your own, with grace and with grit and with style and good humor. (Applause.) You made the White House a place that belongs to everybody. (Applause.) And the new generation sets its sights higher because it has you as a role model. (Applause.) So you have made me proud. And you have made the country proud.

(あなたは、頼まれたからではなく、自分の意思によってその役割を果たしました。品位と、気概と、独自のスタイルをもって、ユーモアとともに。あなたは、ホワイトハウスをみんなの拠り所にしました。次の世代はあなたをロールモデルとして、目標をさらに高いところに置くようになるでしょう。あなたは私の誇りであり、この国の誇りです。)

この後、二人の娘(マリア、サーシャ)と、ジョー・バイデン副大統領への感謝につづいて、ホワイトハウスのスタッフたちにこう述べる。

(…) I have drawn from your energy, and every day I tried to reflect back what you displayed -- heart, and character, and idealism. (…)Even when times got tough and frustrating, you never let Washington get the better of you. You guarded against cynicism. (…)

(みなさんは私の牽引力となってくれました。私は毎日、みなさんが示した心づかい、高潔さ、理想主義に思い寄せました。どんなに厳しい、苛立たしい状況にあっても、ワシントンの現実がみなさんを打ち負かすようなことは決してありませんでした。みなさんは、シニシズムを防いだのです。)

シカゴのその場に集まっている支持者たちに対しても感謝を述べた後、新たな世代に向けてこう語る。

Let me tell you, this generation coming up -- unselfish, altruistic, creative, patriotic -- I’ve seen you in every corner of the country. You believe in a fair, and just, and inclusive America. (Applause.) You know that constant change has been America’s hallmark; that it's not something to fear but something to embrace. You are willing to carry this hard work of democracy forward. You’ll soon outnumber all of us, and I believe as a result the future is in good hands. (Applause.)

(新世代のみなさんに伝えたい。利己的でなく利他的であり、創造性にとみ、愛国的な新世代のみなさんが、この国の至る所にいるのを私は目にしてきました。みなさんは、フェアで公明正大で、包容力のあるアメリカを信じています。みなさんは、変化し続けることがアメリカのトレードマークだということを知っています。みなさんは、民主主義を前進させるという、この困難な仕事を行う意思を持っています。まもなく、みなさんが多数派を占めるようになっていくでしょう。だから、未来は安泰だと私は信じています。)

シカゴからはじまり、シカゴで終わった、オバマの旅。
オバマ大統領は、アフリカ系アメリカ人初の大統領ということとともに、「言葉の持つ力」を再認識させた大統領として、人々の記憶に深く刻まれることになるだろう。

2017年はどんな年?

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新年あけましておめでとうございます。
年末年始、関東はお天気のよいあたたかな日がつづきましたが、皆様はどのようにお過ごしになられたでしょうか?
写真は、年末に家族とでかけた新潟県・六日町のスキー場(ムイカ・スノーリゾート)からの風景です。おかげで、とてもよい気分転換になりました。

このところ、2年おきくらいで仕事のなかみが大きく変わることを繰り返していますが、今年も変化の年になりそうです。もっとも、新しい取り組みをどんどん進めるというよりは、どちらかというと、時々立ち止まりながら、次の数年に向けての「しこみ」の年にしたいと思っています。
また、昨年末にはリンダ・グラッドンの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』を読みましたが、この書が説く、三つの無形資産(生産性資産、活力資産、変身資産)のうち、今年は、「活力資産」を蓄えることに特に注力したいと思っています。活力資産とは、「大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な健康と幸福のこと。健康、友人関係、パートナーやその他家族との良好な関係などが該当する」(p.127)。
私は今年、ちょうど50になるので(!)、人生100年とすると、その折り返しということになります。残りの50年、息切れしてしまわないような基礎をつくる、そんな年にできればと思います。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

田部井淳子さんの訃音を聞いて

登山家の田部井淳子さんが亡くなられた。享年77歳。以前にこのブログに書いたとおり、私が高校生だった16,7歳のときに、田部井さんの講演を聞く機会があった。以来、その活躍ぶりを遠くから眺めては「あんなふうになりたい」と憧れてきた。田部井さんの講演で聞いたこの言葉は、折々に思い返し、すぐにあきらめてしまいがちな自分をふるいたたせてきた。

女性ばかりのエベレスト登山隊を組織したときに、「私も行きたいわ。でも、○○があるから・・・」と行けない理由を言う人がたくさんいた。「でも、○○があるから」と言い訳するのは、本気でエベレストに登りたいと思っていないからです。

気がつけば、あの頃の田部井さんの年齢を私自身が超えてしまったことになる。エベレスト登頂はおろか、日常生活で出会う小さな山・谷に、いまだ四苦八苦している有り様だ。いつか、未来を担う世代の心に響く言葉を、何かひと言でも残せる日が来るだろうか。

プロジェクトマネジメントとしての書籍編集

 社会人としてのキャリアのスタートは書籍の編集者だった。以来、18年間は書籍編集一筋、その後は独立して、様々な媒体の編集やコンサルティングなど、いろいろな仕事を経験してきた。だが、今でも自分の仕事のスタイルの基本は書籍編集で培った、「プロジェクトを企画から最終段階まで、自分の責任において遂行する」というスタイルではないかと思う。書籍編集も、プロジェクトマネジメントの一種ではないかと思う所以である。
 書籍編集(書き下ろしの書籍)の仕事の流れは通常、こうだ。
 企画し、著者候補に会いに行き、著者候補からOKをもらえれば、すりあわせをした上で、社内の企画会議にかける。企画がとおったら、著者に執筆を開始してもらう。書籍1冊は、10万字〜15万字といった、膨大な文字数となる。半年とか1年、場合によっては数年を要することもある。そして書くというのは、いうまでもなく、私的で孤独な営みだ。その要所要所において、編集者は「あなたの進んでいる道は正しい」「あなたは、もっと力があるはず。この本に、もっとあなたの持っている力をこめられるはず」と言い続ける。
 原稿の全体像がほぼ形づくられたら、今度は、目鼻立ちを整える作業に移る。そこでは、編集者は客観的な第三者の目で、冗長だったり、論理が通らないところを、容赦なく削ったり修正したりしていく。
 原稿が完成したら、「原稿整理」と言って、印刷所にわかりやすいような文字組の指定を行い、印刷入稿し、組み上がったら、校正紙(ゲラ)で校正を行う。著者も当然校正するが、校正士という専門家にも見てもらう。初校、再校と、通常2度程度、このプロセスを繰り返し、「三校」ゲラにおいて、編集者が最終チェックを行い、最後に、「責了」(責任校了)と書く。
 原稿本文だけではない、装丁(書籍の表紙・カバー・帯)イメージをかため、帯のコピーを書き、デザイナーに依頼する。デザイナーの力を引き出すのも、編集者の力だ(同じデザイナーでも、編集者の気合いの入り方で、いい仕事をするときもあれば、そうでもないときがある)。どこの印刷所に頼むか、といったマネジメントも、編集者が行う場合がある(出版社により異なる)。ハリウッド方式ではないが、本という一つのプロジェクトを遂行するための最善のチームを組む核となるのが編集者なのだ。
 本の刊行日が決まれば、宣伝のプランを関係部署とともに練る。書評を書いてもらえそうな方や、とりあげてくれそうなメディアをリストアップし、今だったら、ブログやソーシャルメディアでの拡散もふまえたプランをねって、実行する。刊行後も、著者自身の力も借りながら、一人でも多くの読者の手に届くように、少しでも遠くまで飛んで行くように、と手を尽くす。
 22歳のときから18年間、少ない年で年に6冊程度、多い年は12冊以上、こうしたことを続けてきた。今にして思えば、全ての本の刊行について、その本の全権責任者として、プロジェクトを遂行してきたのだと思う。Publishする(公刊する)ということの重みも、常に感じてきた。
 今でも、それがたとえば、Web記事一つといった小さな単位でも、「責任をもってプロジェクトを遂行する」という意識や、Publishすることの重さはしみついている。というか、自分の責任で仕事ができないと落ち着かないし、最後まで目配りができずに不本意な結果になってしまったときは、激しく落ち込む。
 独立して以後、本当に種々様々な仕事をいただいて今日に至っているが、ときどきはこうした原点を思い返したい。22歳のときの自分より後退することがないように。
 

プラハ・キューバ・ベトナム・広島〜オバマの和解の旅

オバマ大統領の広島訪問については、すでにあらゆるメディアがとりあげ、多くの方がfacebookなどで言及している。屋上屋を架すことになるが、以前にオバマ大統領が2009年4月にプラハで行った「核兵器なき世界」演説について触れたことがあるので(オバマinプラハ)、今回の広島訪問に関連して、三つの視点から触れておきたい。ひとつは、「理想主義と現実主義」について、二つ目は、「和解の旅」という視点から。最後は、「大きな物語と小さな物語」について。

1 理想主義と現実主義

プラハでの「核なき世界」演説について、かつて上記ブログで私はこう書いた。

スピーチの全体をふりかえると、「核兵器の廃絶」というビジョン(理想)を示しつつも、「私の生きている間には、実現は難しい」と現実主義が顔をのぞかせる。そして、まず何から着手するのかを、「4年以内」「来年」といった具体的な日程とともに示す。これは、政治家として、絶妙な「理想主義」と「現実主義」の案配加減と思える。

今回の広島訪問でも、オバマの理想主義と現実主義の絶妙なバランスは健在だった。

「…我が米国をはじめとする核保有国は、恐怖の理論からのがれ核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならない。私の生きているうちには、この目標を達成することができないかもしれない。しかしたゆまぬ努力により惨劇の可能性を後退させることはできる。」

(広島演説より。翻訳は、日本経済新聞5月28日朝刊より。以下同じ。英語全文は、たとえばホワイトハウスのサイトなど。)

言葉でこのように、核兵器廃絶が一筋縄でいかないことにも触れているのみならず、「現実主義」の側面として、広島訪問前に、岩国の米軍海兵隊基地に寄って、海兵隊員と自衛隊員を前にスピーチをおこなっている。オバマの2009年の「核なき世界」演説をナイーブととらえる向きもあったが、けっしてナイーブではなく、「現実主義」の錘のもと、就任初期から今日まで、絶妙のバランスをとりつづけている。

2 和解の旅〜プラハ・キューバ・ベトナム

前述の2009年4月の「核なき世界」演説の舞台として、オバマは東西冷戦とその終焉を象徴する、プラハの地を選んだ。プラハ(チェコ)は、ヨーロッパにおける冷戦の最前線の一つだった。

一方、米国の喉もとにつきつけられた共産主義国として、中米・キューバの存在があった。2015年7月に、そのキューバと米国は、54年ぶりに国交を回復した。アルゼンチン出身のフランシスコ・ローマ法王が仲介したとされるが、オバマ政権の大きな功績であることは間違いない。

今回、オバマはG7サミットで日本にくる前にベトナムを訪問し、ここでもベトナム戦争を振り返った印象的なスピーチをおこなっている。

And I believe our experience holds lessons for the world. At a time when many conflicts seem intractable, seem as if they will never end, we have shown that hearts can change and that a different future is possible when we refuse to be prisoners of the past. We've shown how peace can be better than war. We've shown that progress and human dignity is best advanced by cooperation and not conflict. That’s what Vietnam and America can show the world.

(われわれ両国の経験は、世界に先例(教訓)を与えると信じる。すなわち、我々両国が示したのは、対立が解決不可能で永遠に続くように思えるときでも、過去に捕われることさえなければ、人の心を変えることができ、違う未来が実現可能になる、ということ。そして、平和が戦争よりいかに善きものであるか、ということ。進歩と人間の尊厳は、対立によってではなく、協力によって達成されるものであること。それが、ベトナムと米国が世界に示すことができるものである。)〔拙訳〕

この演説を行ったのはハノイにおいてだが、オバマはホーチミン(旧サイゴン)にも足を運んだ。そして、ベトナムのあとに訪れたのが日本の広島。太平洋戦争を戦った日本とアメリカの和解の地として、広島以上の舞台はない。

3 大きな物語と小さな物語

広島演説のなかに、このような部分がある。

「私の国の物語は、シンプルな言葉で始まる。『すべての人は平等で、神によって生命や自由に加え、幸福を追求する譲歩不可能な権利を与えられている』」(中略)
「我々全員は、すべての人間が持つ豊かな価値やあらゆる生命が貴重であるという主張、我々が人類という一つの家族の一員だという、極端だが必要な観念を語っていかなければならない。我々は、その物語を語るために、広島に来る。そして愛する人のことを考える.朝起きてすぐの子どもたちの笑顔、夫や妻とのテーブル越しの温かなふれあい、そして、親からの温かな抱擁。こうしたことに思いをはせ、そして、そんな素晴らしい瞬間が、71年前のこの広島にもあったことを知る。亡くなった人は、我々となんら変わらない人たちだった。」

前半は、抽象的な「大きな物語」、後半は、日常生活の中にある、具体的で確かな手触りをもつ「小さな物語」だ(このような、「小さな物語」を演説の中にかならずといっていいほど埋め込むのが、オバマのスタイルだ)。

太平洋戦争も、冷戦も、ベトナム戦争も、大義のもとに戦われた戦争だった。20世紀の戦争は、ある意味、わかりやすい大義のもとに戦われる、国と国との戦争だった。他方、21世紀の戦争は、テロとの戦いが象徴するように、日常と切れ目なくつながった、見えない敵を相手とする戦争だといえる。そして、その根っこには、貧困や抑圧といった、「構造的暴力」があるという見方ができる(ヨハン・ガルトゥング、高柳先男らの書籍に詳しい)。

これら見えない敵との戦いに、一朝一夕の解決策がないことは言うまでもない。しかし、「小さな物語」、「普通の人の日常」への想像力を失わずに、為政者が低き声にて語り続けることが、少なくとも、ひとつの希望にはなる。だからこそ、為政者には想像力と「言葉の力」が大事なのである。

日産・三菱自動車共同会見でのゴーン氏の言葉にみる言葉力

5月12日朝、日産による三菱自動車への出資決定という、大ニュースが飛び込んできた(私は日経の朝刊で知った)。この日の夕刻の両社による共同記者会見をご覧になった方は多いのではないだろうか。私もその夜、何度かのニュースで会見の様子、とくに日産自動車CEO のゴーン氏の発言を注意深く聞いた。
ゴーン氏は「言葉力」のあるCEOとして、私自身、かねてから注目してきた。(参考:福田恭子「経営に必要な「言葉の力」 第3回 日産ゴーン社長のコミュニケーション力」 http://amapro.jp/cms/modules/bulletin6/index.php?page=article&storyid=3

今回、ゴーン氏の会見時の発言が日産のサイトに載っていた(Carlos Ghosn statement on strategic alliance with MMC http://visionnissanmitsubishi.com/nissan-ceo-statement/)ので、それから、一部を引用する(括弧内は拙訳)。まずは冒頭部分。

I am pleased to announce that Nissan and Mitsubishi Motors have today agreed a far-reaching strategic alliance.

This transaction represents a potential win-win for both of our companies, and promises to deliver significant synergies and growth opportunities.

(日産と三菱自動車が、今日さらなる戦略的提携について合意したことを皆さんにお伝えできることを嬉しく思います。この提携は両社の潜在的なwin-winの関係を示すとともに、重要なシナジーと成長機会をもたらすことを約束するものです。)

このあとで、 2370億円で34%の三菱自動車の株式を取得、それにより最大の株主になることを述べ、「購買」「共通のプラットフォーム」「新技術の開発のシェア」「工場の共同利用」「成長市場」の5つの分野を具体的にあげながら、どこにシナジー、成長機会があるのかを説明している。そのあとが以下の部分。

At Nissan, we are determined to preserve and nurture the Mitsubishi Motors brand. And we will help this company address the challenges it faces, particularly in restoring consumer trust in its fuel economy performance.

Consumer trust is central to everything we do.

But today is also about future growth for Mitsubishi Motors as part of our enlarged Alliance family.

(日産は三菱自動車のブランドを維持し、育てていくことを決意しました。そして、三菱が直面する課題、とくに燃費問題で消費者の信頼を回復するという課題に、私たち日産は一緒に取り組んでいきます。すべての取り組みの中心にあるのは、消費者の信頼回復です。しかし、今日は三菱自動車にとって、私たち(日産・ルノー)というより大きなグループの一員になることにより、将来の成長が約束された日でもあります。)

ここは、事実上、合併吸収される側である、三菱自動車の社員に不安を与えないために、語りかけている部分。「三菱自動車」のブランドは維持します、ご安心ください、「燃費問題」という目先の難題に私たちも一緒に取り組むから心配しないで大丈夫ですよ、と語りかけている。さらに、そうしたネガティブな問題の解決だけでなく、日産・ルノーグループに入ることにより、「将来の成長」をも約束する(このあとに、日産・ルノーグループが現在、グローバル市場でどういうポジションにあるのかを説明している)。
合併の場合のお手本ともいえる、見事なメッセージだ。

そして、さりげなく、こういうグローバルで成功しているマネジメント、コーポレートガバナンスの手法によって、三菱の再建(成長)に貢献できますよ、と伝える("Nissan also would contribute the management expertise and corporate governance experience necessary to deliver sustainable and profitable growth.)。

そして、最後の部分。

We are at the beginning of a new journey. I am confident that Mitsubishi with our full support will be able to re-establish trust and seize new business opportunities. For Nissan, this alliance will extend our scale and will deliver rewarding direct synergies.

As I said at the outset, it is a potential win-win transaction. We have the track record to make it work and deliver expected results.

(両社は、新しい旅の出発点に立っています。私は、日産の全面的なサポートにより、三菱が信頼を再建し、新しい事業機会を追求していけると、自信をもってお伝えします。日産にとっても、この提携は規模の拡大をもたらし、直接的なシナジー効果をもたらすものです。)

このゴーン氏の発言は、以下のブルームバーグの記事中のビデオでも視聴できる。このような力強いメッセージが、どのような口調で語られたのか、ぜひ味わっていただきたい。
www.bloomberg.com

IoT・ドローンから「仕事の未来」まで

ここ半月の間に参加した2つのイベント(講演会)がたいへん印象深かったので、見聞きしたこと、考えたことを、備忘録として書いておきたい。

  • 1月29日 

日経主催の小池良次氏の講演会「2016年米IT・通信・メディア業界の展望~ドローン、IoT分野の日米ギャップ~」を聴講。CES 2016(ラスベガスで毎年開催されるコンシューマー・エレクトロニクス・ショーの2016年版)の報告を中心とした、IT・通信の最先端についての講演だ。小池氏のCES報告は数年前に初めて聞き、そのときは吉本のライブみたいで笑い転げてしまった。今回もその語りは健在だった。CES会場のうち、これまでは中国・台湾製の周辺機器などを扱っていて主会場のおまけのような存在だったSandsコンベンションセンターという会場が、今年はネット&センサー、自動XXの嵐ですこぶる活況だったとか。小池氏いわく、“屋台村に500店くらい出展”。大企業ではぜったいに途中でつぶされているようなアイデアの嵐だったそうだ。
展示例としてあげていた中の、自走式の旅行用キャリーバック、というのが気に入った。小池氏は「鞄だけで7kgもあるのを、誰が買うのか?」と酷評していたが、自分で走ってくれて、そして持ち主をちゃんと見つけて待っていてくれる鞄なら、ぜひとも入手したいものだ。
なお、小池氏はいまドローンに注目していて、会社までつくってしまったという。小池氏のドローンに関する記事は、ご本人のサイトhttp://www.ryojikoike.com/ などで読める。
CES関連以外では、5G(4Gの次にくる、次世代モバイル通信規格)になったら何が変わるか、という話が興味深かった。5Gになると、ストレスなしでビデオのやりとりができるという。メールでのやりとりが面倒だから電話で、という人たちがライブビデオに移行する、というのが小池氏の見立てだ。そうなれば、在宅勤務、リモートワークもさらに加速されそうだ。

  • 2月12日 

石倉洋子さん主催の「Davosの経験を東京で(DEX)#34」に参加。今回はビズリーチ社長の南壮一郎さんがゲストで、テーマは “Future of Jobs in the midst of the Industrial Revolution(第四次産業革命が開く仕事の未来)”。スイスの今年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で「第4次産業革命への対応」が全体テーマだったことをふまえている。
さて、DEX #34では、南さんにスイスのダボス会議に参加されての感想・得たものを話していただいたあと、小グループに分かれ、5年後・10年後に自分がどうなっていたいか(What do you want to be?)をディスカッションした。私たちのグループでは、フレクシビリティをキーワードに様々なアイデアがでた。ITの恩恵を最大限に活かして、場所・時間にとらわれない働き方、ワーク/旅、ワーク/ライフ、ワーク/学び、を自在にデザインしたい、etc. 一方で、常時接続でいつでもどこでも仕事ができてしまう弊害もあり、休日はメールを見たくない、という意見も。(文字のメールならまだいいが、上司からのライブビデオだったりしたら!!) IoT時代には、電波の届かない場所の価値が上がり、誰からも見つけられないですごす時間、というのが究極の贅沢になるかもしれない。

なお、石倉さんは、ダボス会議直前にリリースされた世界経済フォーラム(WEF)のレポート「The Future of Jobs]」のとりまとめメンバーでもある。このサイト
www.weforum.org

から英文サマリーおよび全文が読めるが、石倉さんがそれとは別に日本語のサマリーを書かれている。一部引用させていただく。
「2020年までに仕事の必要スキルの平均3分の1は、新しいものに置き換わる。説得力、Emotional Intelligence、人に教えるスキルなどのソーシャル・スキルの方が、プログラミングや機械の操作など幅の狭いテクニカル・スキルより需要が高まり、両者は補完関係をなす。」
「説得力」というのは、私自身の仕事にもおおいに関係する。このサマリーを読んで、「変化は怖れるに足りず。かえってチャンスが多い」と感じた。皆さんはどう感じるだろうか?