備忘:構造的暴力の再定義?

ブラック企業、セクハラ、パワハラ、DVといった現代を象徴する様々な問題は、故・高柳先男・中央大学教授が述べておられた「構造的暴力」という概念で整理できそうな気がする(もともとはヨハン・ガルトゥングが提唱)。
かつての日本においては身分制や封建制、家父長制、現代ではブラック企業、セクハラ、パワハラ、あるいはスクールカーストなどのいじめ。抑圧のシステムは、現代になるほどわかりにくく、複雑化し、目に見えない隙間に入り込む。現代の構造的暴力は、一見、親切そうな貌をしているから、よけいにタチが悪かったりする。
どうやったら解き放つことができるのか。力に対して力で対抗するのでなく、構造そのものを溶かしてしまえるような何か。
ここ数日、そんなことをもやもやと考え続けている。

他者への想像力

知的であるということは、他者への想像力があるかどうか、ということ。
教養があるということは、多様な価値観を認められるかどうか、ということ。
現在、出版界で起こっている騒動をみて、知性の劣化を痛切に感じる。
自分とは違う他者がいる、その他者とどう折り合いをつけて生きていくか。
それが知性の始まりであり、知性は磨き続けなければ、すぐに劣化してしまう。

10周年

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2008年5月にアテナ・ブレインズを創業して10年が経ちました。設立は5月1日で、実際の営業開始は7月1日(前職を退職後)なので、まもなく10年というべきかもしれません。
10年という数字自体には感慨はないのですが、社会人になって最初の職場(新聞社)が8年半、転職した次の職場(出版社)が9年半なので、最長記録(!)を達成しつつあることには若干の感慨があります。
出版の世界で培った「編集」という専門性をどう応用できるのか。それを模索しながら今日に至っています。ピボット(方向転換)は数知れず。この間、信頼して仕事を任せてくださった顧客の皆様、プロの品質でいつも支えてくださっているパートナーの皆さんには感謝の言葉もありません。
この10年で、編集・コミュニケーションの世界も加速度的に変わってきていることを実感します。コミュニケーション手段が多様になるなか、メッセージを正しく伝えることは、かえって難しくなっているようにも感じます。
時代の変化をふまえつつ、これからも、「編集」を核にできることを精一杯やり続けていくことで、次の5年、その先の10年につなげていきたいと思います。

スターバックスのフィラデルフィア事件をめぐって

日本でも多くのメディアで報道されたので、ご存知の方が多いと思うが、スターバックスが、5月29日午後に米国内の8000店以上の全直営店を、一時的に閉店にするという。約17万5000人の従業員に人種差別に対する教育(racial-bias training)を行うためだ。

事のおこりは、4月12日にフィラデルフィア店で、2人のアフリカ系男性が注文しないまま店内にいた。従業員から店を出るように求められ、「友人を待っている」として店から出なかったため、従業員が警察に通報。2人は「不法侵入」として逮捕された。

この動画がTwitterに投稿され、人種差別との批判が全米でおこった。

CEOのKevin Johnson氏は4月14日に謝罪。
こちらが、スターバックのサイトに掲載された謝罪文
news.starbucks.com

まず、最初におわびを述べた上、すぐに調査を始めたことを報告する(「We have immediately begun a thorough investigation of our practices. 」)さらに、店員教育、翌週には学びのシェアを行うと言う(we will host a company-wide meeting next week to share our learnings, discuss some immediate next steps and underscore our long-standing commitment to treating one another with respect and dignity. )

なお、このステートメントの中にはないが、abc world news(Podcast、4月16 日)は、CEOの発言として、「unconscious bias(無意識バイアス)の教育を行う」と伝えている。

加えて、4月17日に、冒頭に書いた通り、5月29日午後に米国内の8000店以上の全直営店を一時的に閉店にして、約17万5000人の従業員へのracial-bias trainingを行うことを発表した。

徹底している。
明らかなハラスメントに関して、どこか人ごとのような対応をとっている、どこかの国の組織とは、言っていることもやることも、スピード感もまったく違う。

(上記は、abcニュースの他、以下の記事を参照しました)

Washington Post
Starbucks CEO apologizes after employee calls police on black men waiting at a tablewww.washingtonpost.com

ハフィントンポスト 日本版
スタバ8000店で人種差別研修 友人を待っていた黒人男性逮捕への批判を受けてwww.huffingtonpost.jp

Reuters
Starbucks to close 8,000 U.S. stores for one afternoon for racial-bias trainingwww.reuters.com

「相手を批評するときは」

3月1日から31日まで日本経済新聞に連載された、宗教学者の山折哲雄氏の「私の履歴書」がめっぽう面白い。
各回で語られる”覚醒”のエピソードを、まさに知が生まれる瞬間として読んだ。
さて、その連載から最も印象に残った言葉を一つだけ引用したい(3月23日付、連載第23回)。
山折氏自身の言葉ではなく、氏が鶴見俊輔から聞いた、という言葉だ。

「相手を批評するときは、まずおのれの背中に大刀をつき刺し、腹に出たきっ先で相手を突く」

書き言葉と話し言葉が限りなく近づいている今日、もっとも忘れられてしまった精神なのかもしれない。

「ペンで書かれたものは斧でも切り取れない」ふたたび

財務官僚による公文書改竄に、言葉にならないほどの衝撃を受けている。
「議会制民主主義の根幹を揺るがす」などのコメントがあったが、議会制民主主義はおろか、人類が文字を手にして以来の歴史そのものを否定しかねないものであると受け止めている。
文字、文書には記録性、証拠性がある。
文字を手にすること、文書を司ることは権力の象徴でもあり、権力を持つ者をしばる錘でもあった。

以前のブログのタイトルにもした、米原万里さんの書籍中の言葉を再度記しておきたい。
「ペンで書かれたものは斧でも切り取れない」

エモーショナル・クロージャー

 12月も半ばとなり、今年もあとわずか。今年の秋以降、様々な講演会、フォーラムに参加する機会が多く、印象的なお話を数多く伺った。
 その中でも最も印象的だった、ジャレッド・ダイアモンド氏(進化生物学者・ピュリツァー賞作家)の言葉を書き留めておきたい。

ニューギニアのような伝統社会では、争いごとがおこると、現代社会の訴訟と異なり、一生つきあっていかないといけない人間関係の中での解決策として、エモーショナル・クロージャーが大切にされる。

 これはダイアモンド氏が「日立ソーシャル・イノベーション・フォーラム2017」(2017年11月1日)の基調講演の中で語ったものだ。
 ダイアモンド氏は、このことを説明するために、ニューギニアで、少年を車でひいてしまった男性の例を挙げた。亡くなった男の子の父親に対して、「もし自分の息子に同じことが起きたら、どれほど自分は深く悲しむだろう。そう思うと、あなたの悲しみは思って余りある」ということを切々と述べたという。すると、被害者の父親は「わかりました。私たち一族は、あなたに復讐しません」と、赦してくれたそうだ。
 ダイアモンド氏は、自身がアメリカで訴訟を起こしたとき、相手はもともと一回きりの取引の相手で、もう二度と会わないような人であり、訴訟は事務的に淡々と行われたと語った。いかに伝統的社会(ニューギニアのような、500万年前からの連続性のある社会)と、わずか1万年やそこらの歴史しかない現代社会で、「争いの解決」が異なるものであるか、と。
 この話を聞いたときに、二つ思い浮かんだことがある。一つは、故・阿部謹也先生の「世間論」だ(講談社現代新書の『世間とは何か』、朝日新聞社『日本社会で生きるということ』などで読むことができる)。阿部先生がいうところの世間=日本社会は、アメリカ社会よりも、500万年の伝統を引き継いだ社会であるニューギニアに近いのではないか。たとえば、同じコミュニティ(世間)に属する人への贖罪は、裁判での勝ち負けに関係なく一生つづき、多くの場合、加害者の親や兄弟も、罪の意識を負い続ける。
 もう一つは、非言語コミュニケーションと、言語コミュニケーション(特に文字によるコミュニケーション)について。ちょうど今年、私自身が「eメールの書き方」の研修の講師をしたのだが、そのときに「なぜeメールは炎上しやすいのか」というテーマを扱った。対面での話し言葉によるコミュニケーションの場合は、顔の表情や声のトーンといった、非言語で補うことができるが、メールなどの書き言葉のやりとりでは、そうしたもので補えない。「聴く」ことにより相手の反応をみることもできない。それで、論理と論理の応酬になった場合、不幸にして、炎上してしまうことがある。こうした炎上を避けるには、論理的に正しいかどうかではなく、相手の感情に寄り添うことができているかどうかが肝心なのだ。私たち人類が、文字をもつようになってからはわずか数千年。その前の非言語コミュニケーションの500万年の伝統が、いかに強く現代においても作用しているか。それを物語っているように思えてならない。
 なお、ダイヤモンド氏は、けっしてニューギニア社会(伝統社会)を礼賛して、現代がダメだと言っているわけではなく、講演では「現代人の我々も、伝統社会から学べることが多くある」点を力説した。そのスタンスは、氏の近著『昨日までの世界』でも貫かれている。
 阿部先生の書籍のタイトルをもじって言えば、日本社会でいかに生きるか、には、西洋近代社会と、ニューギニアのような伝統的社会という、二つの参照軸があるのだ。そんなことを思いながら講演を聴き、今なおこのテーマについて、考え続けている。

文学の役割ーカズオ・イシグロ氏の言葉から

日本時間の昨夜(10月5日)、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュースが飛び込んできました。
以下はBBCが伝えた、受賞の知らせを受けた後の同氏の言葉より。

"The world is in a very uncertain moment and I would hope all the Nobel Prizes would be a force for something positive in the world as it is at the moment,"

(世界がとても不確かな状態にある今この瞬間、すべてのノーベル賞(受賞者、受賞研究)が世界になにがしか確実なものを与える力になれればと思います)

"I'll be deeply moved if I could in some way be part of some sort of climate this year in contributing to some sort of positive atmosphere at a very uncertain time."

(もし私が、とても不確かな今の時代、今年のある種の雰囲気のなかにあって、どうにかして確かな空気をつくりだすことに貢献できるとしたならば、感慨無量です)

『日の名残り』の作家ならではの、つつましやかな表現ながら、文学の役割、知の役割についての、揺るぎのない確信を感じます。12月の授賞式でのスピーチが今から楽しみでなりません。

(上記の訳は拙訳。せっかくの名文に稚拙な訳で恐縮です)
www.bbc.com

ウィスラー、バンクーバーでの夏休み:印象的だったこと10選

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8月9日から15日まで、カナダのウィスラーとバンクーバーで休暇を過ごしてきました。前半の3泊は、敬愛する石倉洋子さんのウィスラーの夏の家に泊めていただき、残り2泊はバンクーバー。どちらも初めて(カナダ自体初めて)でした。

この旅での、最も印象的だったこと10選を、写真とともにご紹介します。

1 「金メダルじゃないの?」 ゴンドラで上ったウィスラー山
冒頭の写真は、到着2日目に、ゴンドラで上ったウィスラー山の頂上近く。ウィスラーは、バンクーバー冬季五輪で、スキー競技などが行われた場所でもあります。
「銀メダル」か「銅メダル」の台に乗ろうとしたら、石倉さんに「あら、金メダルじゃないの?」と言われ、金メダル台に遠慮しながら乗ったところ。写真で見ると、私も、思いのほか嬉しそうな顔で写っていますね(笑)。


2  How was it? ウィスラーでのZipTrek
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3日目に体験したZipTrekは、ウィスラー山とブロッコム山の間の谷間の川の上を、ケーブルをつたってすべり渡っていくというもの。最初の一歩を踏み出すのがこわかったこと、こわかったこと!でも一歩を踏み出したあとの爽快さは格別のもの。最初の一本を渡り終わったときに、先に着いていた人から(10人くらいのグループで行動)、「How was it?(どうだった?)」と聞かれ、「Wonderful!」と答えました(たぶん。興奮のあまり、あんまりよく覚えていない)。


3   木が大きい
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バンクーバーから、石倉さんの運転する車でウィスラーまで3時間くらいドライブする間で、まず気付いたのは、こちらは木が大きいということ。昔地理でならった「タイガ(亜寒帯の針葉樹林)」とは、このことか、と納得。


4  川(クリーク)の色が緑がかった透明
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文字では表現しづらい、この川(クリーク)の水を、写真でご確認ください。
ちなみに、この川は、Peak to Peakという2日目にのったゴンドラから、そして、3日目のZipTrekからは上からながめ、4日目(ウィスラー最終日)のサイクリングでは間近で眺めることができました。今回は体験しませんでしたが、川下りもこうした川で行なわれるようです。


5  石倉さんは炭水化物を食べない!
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写真は、石倉さん宅でいただいた朝食と夕食。私がいつも朝はパンを食べるということで、この写真には、わざわざ買っていただいたマフィンが写っていますが、石倉さんのふだんの朝食は果物たっぷりのスムージーと、ベリー類、ヨーグルトなどで、炭水化物を食べないとのこと。そして、夜も炭水化物を食べない(東京のお宅には、炊飯器もないそうです)。これは、やってみるとなかなか快適で、ふだんの私の、朝昼晩+おやつ、の炭水化物まみれ生活を見直す、よいきっかけになりました。
もう一方の写真に写っているサーモンの美味しかったこと。ウィスラー、バンクーバーで最も美味しかったもの1つを挙げるとすれば、この、石倉さん宅でいただいた、バーベキューグリルで焼いたサーモンです!


6  習慣の力
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石倉さんは、『世界で活躍する人が大切にしている小さな心がけ』という本に書かれているように、英語を聞く、運動する、といったことを習慣化し、毎日実践されています。
石倉さんいわく、「運動も英語も、毎日やらなくては意味がない。一週間に一度では、やらないのと同じ。いつもの決まった時間にできないときも、なるべく朝早くに実行する。やるべきことをやっていない、もやもやした気分をいつまでもひきずらないために…」。
運動しているときの写真がなかったので、かわりに、石倉さんがお気に入りの場所とおっしゃる、キッチンで立ってパソコンに向かっているところの写真を入れておきます。


7  失敗から学ぶ、気楽にためす
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ウィスラーでの最終日、サイクリングにでかけたのですが、最後、石倉さんとはぐれてしまい、しかもヴィレッジにもどってから、出発点の貸し自転車屋さんがみつからずにぐるぐる回ってしまい、だいぶ心配をおかけしてしまいました。
あとでふりかえって、「出発時点で、自転車屋さんの周囲の写真をとっておけばよかった」、「知らない土地なのだから、余裕を持って戻ればよかった」、「連絡方法を事前に確認しておくべきだった」(肝心のときに携帯が通じなかった)等々、反省材料しきり。
大失敗に落ち込みましたが、石倉さんは「失敗をすると、次からはこうしよう、と用心深くなる」と言って、ご自身がサイクリングで転んで、レンタカーのカギを落としてしまったときのことを話してくださりました。何か失敗をしても、そこで教訓を得て、それをなるべく早い機会にためしてみる、というのが石倉さん流。
「いろいろ考えすぎず、気楽にいろいろ試してください」という、あとからメールでいただいた言葉も、私にはとても貴重なアドバイスでした(『世界で活躍する人…』の中にもある、重要なメッセージです)。


8  ビーチでシェイクスピア
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バンクーバーでは2泊しましたが、到着が夜で、最終日の午前には出発したので、ほとんど中1日。その貴重な一日のメインイベントは、バニエパークという、バンクーバーのダウンタウンの対岸にある海沿いの公園のテントでの、シェイクスピア観劇(Bard on the Beach、毎年夏に開催されている)。私が見たのは「ヴェニスの商人」。言葉は断片的にしか聞き取れませんでしたが、ほぼ、オリジナルの筋書きどおりで(日本で、松岡和子訳で予習ずみ)、役者の演技もとてもわかりやすかったので、思いのほか楽しめました。英語だし、どうしようかな、と半信半疑で日本で申し込みましたが、申し込んで大正解でした!


9  バンクーバーは横浜に似ている
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海にかこまれたバンクーバーは、どことなく横浜に似ていて、なんだか、懐かしい感じの町でした!(写真は、バニエパークに向かう途中の橋から、右手にダウンタウン方向を眺めたもの)


10  世界へ!
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この地図は、Bard on the Beachの会場に貼ってあったもの。世界各国から訪れた人が、ピンを刺していて、私もすかさず、日本のところにピンをさしました。
いろいろ失敗もありましたが、それ以上に学びや発見(とくに、自分自身に対する発見)が大きかったので、今後は今までよりもっと気楽に、世界にでかけてみようと思います!

在宅勤務の罠? テレワーク・デイに思う

今日、7月24日は、総務省、経済産業省ほか多数の民間団体が参加する「日本初の『テレワーク・デイ』」。テレワークとは、「情報通信技術を活用した、場所や時間を有効に活用できる柔軟な働き方」。在宅勤務だけでなく、会社でも家庭でもない場所で仕事することも当然含まれる(リモートワーク、という言い方もある)。

個人的な経験で恐縮だが、感慨深いものがある。20年くらい前(1996-97年頃)に、テレワークという言葉を知り、情報収集したところ、「テレワーク研究会」という団体の存在を知り、メンバーに入れてもらった。座長は大西隆先生、当時は東大の先生で、現・豊橋技術科学大学学長。と言っても、私はまったくの幽霊会員で、会合に2、3度出席しただけ。研究会自体も、その数年後に「役割を終えた」ということで終了になったと記憶している。

その頃、自分自身が乳飲み子をかかえ、子供が熱を出した時など、在宅勤務ができればいいなと思ったことが、テレワークに興味をもったきっかけだ。当時は、クラウドはおろか、インターネットも、まだダイアルアップの時代。それでも、会社に行かなくて在宅で勤務できれば、どんなに便利になるだろう、と思わずにはいられなかった。

その約10年後の2007年頃。当時の勤め先を辞めようかどうしようか、と思っていたころ、「在宅勤務にできませんか」と上司に相談したことがある。「会社を辞める」「毎日通い続ける」という、ゼロか1かの選択の間に、何か道はないか、と思っての相談だった。当時の勤め先には在宅勤務制度はなく、上司も「在宅勤務にできる仕事(=編集など)と、会社にこなくてはできない仕事(=管理系の仕事など)があるから、不公平になる。実現は難しい」との回答だった。

翻って現在。テレワークを日常的に行うようになって9年になる。文字通りの「在宅」勤務と、借りている個人用オフィス(シェアオフィスや、個室ありのレンタルオフィスなど、何度か借り換えている)の併用スタイルだ。今となっては、会社員時代の18年間、毎日往復2時間くらいかけて通勤していたことが信じられない。テレワークは、効率的なことは間違いないが、特に在宅での仕事の場合、いくつか気をつけるべき点がある。

・ONとOFFのきりかえ
よく言われることがだが、在宅勤務を毎日続けると、ウィークデーと週末、1日の中でのONとOFFの切り分けが難しくなる。休日や、1日の中のOFFの時間帯に、急ぎの連絡がないか、ちょっとメールを確認するくらいならいいのだが、やっかいな内容のメールを受け取った場合など、ONとOFFの気持ちの切り替えに支障をきたす。
これについては、私自身は、打ち合わせなどが少ない週は、借りているオフィスへの“通勤”を増やしたりするなど、「場所」に変化をつけるようにしている。また、最近は、土日に受け取ったメールでも、月曜対応で時間的に支障のないものは、土日にはあえて対応しないようにしている。(土日に対応していた時期もあったが、現在はそのようにして、意識的にOFFの日、OFFの時間をつくっている。)

・「家にいる人」と家族から思われ、家事負担が増える
これが、想定していなかった“在宅勤務の罠”だ。通常の会社勤務で、物理的に朝から夜までいなければ、その間に家事がされないことは、家族皆が承知している。しかし、いくらフルで仕事をしていても、場所が“在宅”だと、家にいる人と思われて、細かな用事がだんだんと自分の方に押し寄せてくる。
在宅勤務だと、たとえば電話はほとんど鳴らないので、4時間集中して仕事をするなどが可能だ。せっかくのこうした環境を有効活用するために、私はなるべく時間を切りわけるようにしている(お昼の時間帯に家事をするなど)とともに、最近は家事を「やりすぎない」ように心がけている。
これには、メールをOFFの時間帯に見ないのと同じくらいの、意思の強さが必要になるが、同時に、家庭マネジメント力が重要と感じる。これについては、まだまだ課題が多く、日々、試行錯誤している。「在宅勤務」道は奥が深いのである。

近況など

気がつけば6月も間もなく終わり、今年も折り返し…。日々の雑事に追われて、すっかりブログから遠ざかってしまっていたので、ここ半年くらいの仕事について、まとめてお伝えします。
(ブログも更新しないし、facebookにもほとんどpostしていないので、「最近、元気ですか?」とご心配くださったかたもいらっしゃいます。はい、元気です。元気なんですが、ものぐさなので。。)

  • 最近の仕事

2年おきぐらいにガラッと仕事内容が入れ替わることを、2008年の創業以来、何度も経験してきましたが、今もまたそのタイミングのようです。今年の春〜夏は、こんな仕事をやっています(やってきました)。

    • 日本企業のグローバルマーケティングの支援(海外向けコンテンツの作成)
    • 企業の文書作成講座の講師(研修)
    • 企業の会社案内の企画・制作
    • 企業のウェブサイト用記事の企画・編集(数年前〜)
    • 14年前に出した書籍の電子書籍版(あとがき、その他)の編集(この秋刊行)
    • 英語関連書籍の編集(去年から。この秋刊行)
    • 社史の編集、2冊(去年から。1冊は、この夏刊行)

以下の写真は、社史の仕事の関連で4月に訪れた石巻の風景です。(石巻訪問は、震災後の2011年夏から6年ぶり)

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そんなこんなで、なんとか元気にやっております。
気がつけば、アテナ・ブレインズを創業して9周年が過ぎていました。
この間の皆様のご支援に、心よりお礼申し上げます。
半年に一度でなく、せめて四半期に一度くらいご報告できるようにしていきたいと思います。
これからも、お力添えのほど、どうぞよろしくお願いします。