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シカゴからシカゴへ―オバマ大統領「さよなら演説」から

2017年1月10日、オバマ・アメリカ大統領は、シカゴのMcCormick Placeで「さよなら演説(Farewell Address)」を行った。全文は、ホワイトハウスのウェブサイト
Remarks by the President in Farewell Address | whitehouse.gov
に掲載されているほか、多くの日本のメディアでも取り上げられたから、目にした方は多いだろう。
「Hello Chicago!」という、この演説の冒頭の呼びかけは、約8年前の、2008年11月4日にシカゴのGlant Parkで行われた「勝利演説(Victory Speech)」の冒頭とまったく同じものだ。シカゴは、よく知られるとおり、オバマが20代の頃に慈善活動を行った町であり、弁護士としてのキャリアをスタートしてミシェル夫人と出会った、縁の深い町である(政治家としてもシカゴのあるイリノイ州が地盤)。勝利演説の場所として選んだのと同様、さよなら演説で人々に感謝を捧げるのにもっともふさわしい地として、シカゴを選んだのもうなずける。

8年前にオバマの勝利演説を視聴し、テキストを読んだとき、政治とはまさしく、言葉によって説得する技術なのだ、と思い知らされた。今また、さよなら演説を聞き、テキストを読んで、その思いを深くしている。

オバマ大統領の最初の4年にくらべ、残りの4年は、停滞感がただよったことは事実だ。理想主義的な言説が、現実主義者からの批判にさらされたこともあった。しかし、オバマ大統領のもつ言葉の力そのものを否定する人は、アメリカの内にも外にも多くはあるまい。
オバマ大統領の「シカゴからシカゴへ」の旅をしめくくる「さよなら演説」の中から、私がとくに印象深く読んだ部分を紹介しておきたい(引用部分下のカッコ内の日本語は拙訳)。

まずは、冒頭近くの部分から。

So I first came to Chicago when I was in my early 20s. And I was still trying to figure out who I was, still searching for a purpose in my life. And it was a neighborhood not far from here where I began working with church groups in the shadows of closed steel mills. It was on these streets where I witnessed the power of faith, and the quiet dignity of working people in the face of struggle and loss.
This is where I learned that change only happens when ordinary people get involved and they get engaged, and they come together to demand it.
After eight years as your President, I still believe that. And it’s not just my belief. It’s the beating heart of our American idea –- our bold experiment in self-government. It’s the conviction that we are all created equal, endowed by our Creator with certain unalienable rights, among them life, liberty, and the pursuit of happiness. It’s the insistence that these rights, while self-evident, have never been self-executing; that We, the People, through the instrument of our democracy, can form a more perfect union.

(最初にシカゴに来たのは20代の初めです。しかし今なお私は、自分は何者であるのかを理解したいと思っており、人生の目的を探し求めています。私が教会のグループとともに働き始めたのは、閉鎖された製鉄工場が影を落とす、ここからさほど遠くないあたりでした。信念の力を目にし、働く人々が日々、何かと闘ったり、何かを失ったりするなかで静かな尊厳を保っている姿を目にしたのは、このあたりにおいてでした。この地は、「変化」というものは、普通の人々がそれを求めて団結し、積極的に関与したときに起こるのだということを私に教えてくれた場所でもあります。
8年間、大統領として過ごしてもなお、私はそのことを信じています。そして、それは私個人の信念ではなく、アメリカの建国の精神、すなわち自治(self-government)という果敢な実験の根幹にあるものです。)

続いて、中盤あたり。アメリカ人以外には、やや鼻につく表現だが、アメリカとはどのような国であるのかの自己認識をよく示している。

We have everything we need to meet those challenges. After all, we remain the wealthiest, most powerful, and most respected nation on Earth. Our youth, our drive, our diversity and openness, our boundless capacity for risk and reinvention means that the future should be ours. But that potential will only be realized if our democracy works.

(我々アメリカは、そうした困難に対峙するのに必要なものはみな備えています。地球上でもっとも富める国であり、もっとも力があり、もっとも尊敬される国であるからです。若さ、勢い、多様性、開かれた精神(openness)、リスクや革新に対する無限の許容力は、未来は我々の手にあるということを示しています。しかし、その潜在力は、民主主義が機能したときにのみ顕在化するでしょう。)

今回の演説のなかで、やや意外な感じがしたのが、「民主主義」「経済問題」「人種問題」「テロとの戦い」に加えて、「気候変動」の問題への取り組みを、トピックとして取り上げている点だ。そして、その解決にあたっては、「イノベーション」と「実践的な問題解決(practical problem-solving)」が鍵を握っており、それらは、建国以来の米国の精神だと述べている(このあたり、ホフスタッターの『アメリカの反知性主義』での主張につながる)。

Take the challenge of climate change. In just eight years, we’ve halved our dependence on foreign oil; we’ve doubled our renewable energy; we've led the world to an agreement that has the promise to save this planet. (Applause.) But without bolder action, our children won’t have time to debate the existence of climate change. (…)
Now, we can and should argue about the best approach to solve the problem. But to simply deny the problem not only betrays future generations, it betrays the essential spirit of this country -- the essential spirit of innovation and practical problem-solving that guided our Founders.(...)

(気候変動の問題に取り組む必要があります。8年間で、我々は石油依存を半減させ、再生可能エネルギーを倍層させ、地球を守ることを約束する協定(パリ協定)へと世界を導いてきました。しかし、大胆な行動がなければ、我々の子どもたちに、気候変動の存在について議論する時間は残されないでしょう。(中略)我々はいま、この問題を解決する最善の方法を議論することができるし、そうすべきです。この問題の存在を否定することは、将来の世代を裏切ることになるだけでなく、この国の本質を形づくる精神、すなわち、建国者たちを導いたイノベーションの精神と、実践的な問題解決の精神を裏切ることになります。)

演説の終盤では、8年の政権を支えた人たちへの感謝が述べられる。まずは、シカゴの「サウスサイドの少女だった」ミッシェル夫人に対して(そう述べたときに、会場から盛大な拍手が起こったことは言うまでもない)。

(…) You took on a role you didn’t ask for and you made it your own, with grace and with grit and with style and good humor. (Applause.) You made the White House a place that belongs to everybody. (Applause.) And the new generation sets its sights higher because it has you as a role model. (Applause.) So you have made me proud. And you have made the country proud.

(あなたは、頼まれたからではなく、自分の意思によってその役割を果たしました。品位と、気概と、独自のスタイルをもって、ユーモアとともに。あなたは、ホワイトハウスをみんなの拠り所にしました。次の世代はあなたをロールモデルとして、目標をさらに高いところに置くようになるでしょう。あなたは私の誇りであり、この国の誇りです。)

この後、二人の娘(マリア、サーシャ)と、ジョー・バイデン副大統領への感謝につづいて、ホワイトハウスのスタッフたちにこう述べる。

(…) I have drawn from your energy, and every day I tried to reflect back what you displayed -- heart, and character, and idealism. (…)Even when times got tough and frustrating, you never let Washington get the better of you. You guarded against cynicism. (…)

(みなさんは私の牽引力となってくれました。私は毎日、みなさんが示した心づかい、高潔さ、理想主義に思い寄せました。どんなに厳しい、苛立たしい状況にあっても、ワシントンの現実がみなさんを打ち負かすようなことは決してありませんでした。みなさんは、シニシズムを防いだのです。)

シカゴのその場に集まっている支持者たちに対しても感謝を述べた後、新たな世代に向けてこう語る。

Let me tell you, this generation coming up -- unselfish, altruistic, creative, patriotic -- I’ve seen you in every corner of the country. You believe in a fair, and just, and inclusive America. (Applause.) You know that constant change has been America’s hallmark; that it's not something to fear but something to embrace. You are willing to carry this hard work of democracy forward. You’ll soon outnumber all of us, and I believe as a result the future is in good hands. (Applause.)

(新世代のみなさんに伝えたい。利己的でなく利他的であり、創造性にとみ、愛国的な新世代のみなさんが、この国の至る所にいるのを私は目にしてきました。みなさんは、フェアで公明正大で、包容力のあるアメリカを信じています。みなさんは、変化し続けることがアメリカのトレードマークだということを知っています。みなさんは、民主主義を前進させるという、この困難な仕事を行う意思を持っています。まもなく、みなさんが多数派を占めるようになっていくでしょう。だから、未来は安泰だと私は信じています。)

シカゴからはじまり、シカゴで終わった、オバマの旅。
オバマ大統領は、アフリカ系アメリカ人初の大統領ということとともに、「言葉の持つ力」を再認識させた大統領として、人々の記憶に深く刻まれることになるだろう。

2017年はどんな年?

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新年あけましておめでとうございます。
年末年始、関東はお天気のよいあたたかな日がつづきましたが、皆様はどのようにお過ごしになられたでしょうか?
写真は、年末に家族とでかけた新潟県・六日町のスキー場(ムイカ・スノーリゾート)からの風景です。おかげで、とてもよい気分転換になりました。

このところ、2年おきくらいで仕事のなかみが大きく変わることを繰り返していますが、今年も変化の年になりそうです。もっとも、新しい取り組みをどんどん進めるというよりは、どちらかというと、時々立ち止まりながら、次の数年に向けての「しこみ」の年にしたいと思っています。
また、昨年末にはリンダ・グラッドンの『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』を読みましたが、この書が説く、三つの無形資産(生産性資産、活力資産、変身資産)のうち、今年は、「活力資産」を蓄えることに特に注力したいと思っています。活力資産とは、「大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な健康と幸福のこと。健康、友人関係、パートナーやその他家族との良好な関係などが該当する」(p.127)。
私は今年、ちょうど50になるので(!)、人生100年とすると、その折り返しということになります。残りの50年、息切れしてしまわないような基礎をつくる、そんな年にできればと思います。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

田部井淳子さんの訃音を聞いて

登山家の田部井淳子さんが亡くなられた。享年77歳。以前にこのブログに書いたとおり、私が高校生だった16,7歳のときに、田部井さんの講演を聞く機会があった。以来、その活躍ぶりを遠くから眺めては「あんなふうになりたい」と憧れてきた。田部井さんの講演で聞いたこの言葉は、折々に思い返し、すぐにあきらめてしまいがちな自分をふるいたたせてきた。

女性ばかりのエベレスト登山隊を組織したときに、「私も行きたいわ。でも、○○があるから・・・」と行けない理由を言う人がたくさんいた。「でも、○○があるから」と言い訳するのは、本気でエベレストに登りたいと思っていないからです。

気がつけば、あの頃の田部井さんの年齢を私自身が超えてしまったことになる。エベレスト登頂はおろか、日常生活で出会う小さな山・谷に、いまだ四苦八苦している有り様だ。いつか、未来を担う世代の心に響く言葉を、何かひと言でも残せる日が来るだろうか。

プロジェクトマネジメントとしての書籍編集

 社会人としてのキャリアのスタートは書籍の編集者だった。以来、18年間は書籍編集一筋、その後は独立して、様々な媒体の編集やコンサルティングなど、いろいろな仕事を経験してきた。だが、今でも自分の仕事のスタイルの基本は書籍編集で培った、「プロジェクトを企画から最終段階まで、自分の責任において遂行する」というスタイルではないかと思う。書籍編集も、プロジェクトマネジメントの一種ではないかと思う所以である。
 書籍編集(書き下ろしの書籍)の仕事の流れは通常、こうだ。
 企画し、著者候補に会いに行き、著者候補からOKをもらえれば、すりあわせをした上で、社内の企画会議にかける。企画がとおったら、著者に執筆を開始してもらう。書籍1冊は、10万字〜15万字といった、膨大な文字数となる。半年とか1年、場合によっては数年を要することもある。そして書くというのは、いうまでもなく、私的で孤独な営みだ。その要所要所において、編集者は「あなたの進んでいる道は正しい」「あなたは、もっと力があるはず。この本に、もっとあなたの持っている力をこめられるはず」と言い続ける。
 原稿の全体像がほぼ形づくられたら、今度は、目鼻立ちを整える作業に移る。そこでは、編集者は客観的な第三者の目で、冗長だったり、論理が通らないところを、容赦なく削ったり修正したりしていく。
 原稿が完成したら、「原稿整理」と言って、印刷所にわかりやすいような文字組の指定を行い、印刷入稿し、組み上がったら、校正紙(ゲラ)で校正を行う。著者も当然校正するが、校正士という専門家にも見てもらう。初校、再校と、通常2度程度、このプロセスを繰り返し、「三校」ゲラにおいて、編集者が最終チェックを行い、最後に、「責了」(責任校了)と書く。
 原稿本文だけではない、装丁(書籍の表紙・カバー・帯)イメージをかため、帯のコピーを書き、デザイナーに依頼する。デザイナーの力を引き出すのも、編集者の力だ(同じデザイナーでも、編集者の気合いの入り方で、いい仕事をするときもあれば、そうでもないときがある)。どこの印刷所に頼むか、といったマネジメントも、編集者が行う場合がある(出版社により異なる)。ハリウッド方式ではないが、本という一つのプロジェクトを遂行するための最善のチームを組む核となるのが編集者なのだ。
 本の刊行日が決まれば、宣伝のプランを関係部署とともに練る。書評を書いてもらえそうな方や、とりあげてくれそうなメディアをリストアップし、今だったら、ブログやソーシャルメディアでの拡散もふまえたプランをねって、実行する。刊行後も、著者自身の力も借りながら、一人でも多くの読者の手に届くように、少しでも遠くまで飛んで行くように、と手を尽くす。
 22歳のときから18年間、少ない年で年に6冊程度、多い年は12冊以上、こうしたことを続けてきた。今にして思えば、全ての本の刊行について、その本の全権責任者として、プロジェクトを遂行してきたのだと思う。Publishする(公刊する)ということの重みも、常に感じてきた。
 今でも、それがたとえば、Web記事一つといった小さな単位でも、「責任をもってプロジェクトを遂行する」という意識や、Publishすることの重さはしみついている。というか、自分の責任で仕事ができないと落ち着かないし、最後まで目配りができずに不本意な結果になってしまったときは、激しく落ち込む。
 独立して以後、本当に種々様々な仕事をいただいて今日に至っているが、ときどきはこうした原点を思い返したい。22歳のときの自分より後退することがないように。
 

プラハ・キューバ・ベトナム・広島〜オバマの和解の旅

オバマ大統領の広島訪問については、すでにあらゆるメディアがとりあげ、多くの方がfacebookなどで言及している。屋上屋を架すことになるが、以前にオバマ大統領が2009年4月にプラハで行った「核兵器なき世界」演説について触れたことがあるので(オバマinプラハ)、今回の広島訪問に関連して、三つの視点から触れておきたい。ひとつは、「理想主義と現実主義」について、二つ目は、「和解の旅」という視点から。最後は、「大きな物語と小さな物語」について。

1 理想主義と現実主義

プラハでの「核なき世界」演説について、かつて上記ブログで私はこう書いた。

スピーチの全体をふりかえると、「核兵器の廃絶」というビジョン(理想)を示しつつも、「私の生きている間には、実現は難しい」と現実主義が顔をのぞかせる。そして、まず何から着手するのかを、「4年以内」「来年」といった具体的な日程とともに示す。これは、政治家として、絶妙な「理想主義」と「現実主義」の案配加減と思える。

今回の広島訪問でも、オバマの理想主義と現実主義の絶妙なバランスは健在だった。

「…我が米国をはじめとする核保有国は、恐怖の理論からのがれ核兵器のない世界を目指す勇気を持たなければならない。私の生きているうちには、この目標を達成することができないかもしれない。しかしたゆまぬ努力により惨劇の可能性を後退させることはできる。」

(広島演説より。翻訳は、日本経済新聞5月28日朝刊より。以下同じ。英語全文は、たとえばホワイトハウスのサイトなど。)

言葉でこのように、核兵器廃絶が一筋縄でいかないことにも触れているのみならず、「現実主義」の側面として、広島訪問前に、岩国の米軍海兵隊基地に寄って、海兵隊員と自衛隊員を前にスピーチをおこなっている。オバマの2009年の「核なき世界」演説をナイーブととらえる向きもあったが、けっしてナイーブではなく、「現実主義」の錘のもと、就任初期から今日まで、絶妙のバランスをとりつづけている。

2 和解の旅〜プラハ・キューバ・ベトナム

前述の2009年4月の「核なき世界」演説の舞台として、オバマは東西冷戦とその終焉を象徴する、プラハの地を選んだ。プラハ(チェコ)は、ヨーロッパにおける冷戦の最前線の一つだった。

一方、米国の喉もとにつきつけられた共産主義国として、中米・キューバの存在があった。2015年7月に、そのキューバと米国は、54年ぶりに国交を回復した。アルゼンチン出身のフランシスコ・ローマ法王が仲介したとされるが、オバマ政権の大きな功績であることは間違いない。

今回、オバマはG7サミットで日本にくる前にベトナムを訪問し、ここでもベトナム戦争を振り返った印象的なスピーチをおこなっている。

And I believe our experience holds lessons for the world. At a time when many conflicts seem intractable, seem as if they will never end, we have shown that hearts can change and that a different future is possible when we refuse to be prisoners of the past. We've shown how peace can be better than war. We've shown that progress and human dignity is best advanced by cooperation and not conflict. That’s what Vietnam and America can show the world.

(われわれ両国の経験は、世界に先例(教訓)を与えると信じる。すなわち、我々両国が示したのは、対立が解決不可能で永遠に続くように思えるときでも、過去に捕われることさえなければ、人の心を変えることができ、違う未来が実現可能になる、ということ。そして、平和が戦争よりいかに善きものであるか、ということ。進歩と人間の尊厳は、対立によってではなく、協力によって達成されるものであること。それが、ベトナムと米国が世界に示すことができるものである。)〔拙訳〕

この演説を行ったのはハノイにおいてだが、オバマはホーチミン(旧サイゴン)にも足を運んだ。そして、ベトナムのあとに訪れたのが日本の広島。太平洋戦争を戦った日本とアメリカの和解の地として、広島以上の舞台はない。

3 大きな物語と小さな物語

広島演説のなかに、このような部分がある。

「私の国の物語は、シンプルな言葉で始まる。『すべての人は平等で、神によって生命や自由に加え、幸福を追求する譲歩不可能な権利を与えられている』」(中略)
「我々全員は、すべての人間が持つ豊かな価値やあらゆる生命が貴重であるという主張、我々が人類という一つの家族の一員だという、極端だが必要な観念を語っていかなければならない。我々は、その物語を語るために、広島に来る。そして愛する人のことを考える.朝起きてすぐの子どもたちの笑顔、夫や妻とのテーブル越しの温かなふれあい、そして、親からの温かな抱擁。こうしたことに思いをはせ、そして、そんな素晴らしい瞬間が、71年前のこの広島にもあったことを知る。亡くなった人は、我々となんら変わらない人たちだった。」

前半は、抽象的な「大きな物語」、後半は、日常生活の中にある、具体的で確かな手触りをもつ「小さな物語」だ(このような、「小さな物語」を演説の中にかならずといっていいほど埋め込むのが、オバマのスタイルだ)。

太平洋戦争も、冷戦も、ベトナム戦争も、大義のもとに戦われた戦争だった。20世紀の戦争は、ある意味、わかりやすい大義のもとに戦われる、国と国との戦争だった。他方、21世紀の戦争は、テロとの戦いが象徴するように、日常と切れ目なくつながった、見えない敵を相手とする戦争だといえる。そして、その根っこには、貧困や抑圧といった、「構造的暴力」があるという見方ができる(ヨハン・ガルトゥング、高柳先男らの書籍に詳しい)。

これら見えない敵との戦いに、一朝一夕の解決策がないことは言うまでもない。しかし、「小さな物語」、「普通の人の日常」への想像力を失わずに、為政者が低き声にて語り続けることが、少なくとも、ひとつの希望にはなる。だからこそ、為政者には想像力と「言葉の力」が大事なのである。

日産・三菱自動車共同会見でのゴーン氏の言葉にみる言葉力

5月12日朝、日産による三菱自動車への出資決定という、大ニュースが飛び込んできた(私は日経の朝刊で知った)。この日の夕刻の両社による共同記者会見をご覧になった方は多いのではないだろうか。私もその夜、何度かのニュースで会見の様子、とくに日産自動車CEO のゴーン氏の発言を注意深く聞いた。
ゴーン氏は「言葉力」のあるCEOとして、私自身、かねてから注目してきた。(参考:福田恭子「経営に必要な「言葉の力」 第3回 日産ゴーン社長のコミュニケーション力」 http://amapro.jp/cms/modules/bulletin6/index.php?page=article&storyid=3

今回、ゴーン氏の会見時の発言が日産のサイトに載っていた(Carlos Ghosn statement on strategic alliance with MMC http://visionnissanmitsubishi.com/nissan-ceo-statement/)ので、それから、一部を引用する(括弧内は拙訳)。まずは冒頭部分。

I am pleased to announce that Nissan and Mitsubishi Motors have today agreed a far-reaching strategic alliance.

This transaction represents a potential win-win for both of our companies, and promises to deliver significant synergies and growth opportunities.

(日産と三菱自動車が、今日さらなる戦略的提携について合意したことを皆さんにお伝えできることを嬉しく思います。この提携は両社の潜在的なwin-winの関係を示すとともに、重要なシナジーと成長機会をもたらすことを約束するものです。)

このあとで、 2370億円で34%の三菱自動車の株式を取得、それにより最大の株主になることを述べ、「購買」「共通のプラットフォーム」「新技術の開発のシェア」「工場の共同利用」「成長市場」の5つの分野を具体的にあげながら、どこにシナジー、成長機会があるのかを説明している。そのあとが以下の部分。

At Nissan, we are determined to preserve and nurture the Mitsubishi Motors brand. And we will help this company address the challenges it faces, particularly in restoring consumer trust in its fuel economy performance.

Consumer trust is central to everything we do.

But today is also about future growth for Mitsubishi Motors as part of our enlarged Alliance family.

(日産は三菱自動車のブランドを維持し、育てていくことを決意しました。そして、三菱が直面する課題、とくに燃費問題で消費者の信頼を回復するという課題に、私たち日産は一緒に取り組んでいきます。すべての取り組みの中心にあるのは、消費者の信頼回復です。しかし、今日は三菱自動車にとって、私たち(日産・ルノー)というより大きなグループの一員になることにより、将来の成長が約束された日でもあります。)

ここは、事実上、合併吸収される側である、三菱自動車の社員に不安を与えないために、語りかけている部分。「三菱自動車」のブランドは維持します、ご安心ください、「燃費問題」という目先の難題に私たちも一緒に取り組むから心配しないで大丈夫ですよ、と語りかけている。さらに、そうしたネガティブな問題の解決だけでなく、日産・ルノーグループに入ることにより、「将来の成長」をも約束する(このあとに、日産・ルノーグループが現在、グローバル市場でどういうポジションにあるのかを説明している)。
合併の場合のお手本ともいえる、見事なメッセージだ。

そして、さりげなく、こういうグローバルで成功しているマネジメント、コーポレートガバナンスの手法によって、三菱の再建(成長)に貢献できますよ、と伝える("Nissan also would contribute the management expertise and corporate governance experience necessary to deliver sustainable and profitable growth.)。

そして、最後の部分。

We are at the beginning of a new journey. I am confident that Mitsubishi with our full support will be able to re-establish trust and seize new business opportunities. For Nissan, this alliance will extend our scale and will deliver rewarding direct synergies.

As I said at the outset, it is a potential win-win transaction. We have the track record to make it work and deliver expected results.

(両社は、新しい旅の出発点に立っています。私は、日産の全面的なサポートにより、三菱が信頼を再建し、新しい事業機会を追求していけると、自信をもってお伝えします。日産にとっても、この提携は規模の拡大をもたらし、直接的なシナジー効果をもたらすものです。)

このゴーン氏の発言は、以下のブルームバーグの記事中のビデオでも視聴できる。このような力強いメッセージが、どのような口調で語られたのか、ぜひ味わっていただきたい。
www.bloomberg.com

IoT・ドローンから「仕事の未来」まで

ここ半月の間に参加した2つのイベント(講演会)がたいへん印象深かったので、見聞きしたこと、考えたことを、備忘録として書いておきたい。

  • 1月29日 

日経主催の小池良次氏の講演会「2016年米IT・通信・メディア業界の展望~ドローン、IoT分野の日米ギャップ~」を聴講。CES 2016(ラスベガスで毎年開催されるコンシューマー・エレクトロニクス・ショーの2016年版)の報告を中心とした、IT・通信の最先端についての講演だ。小池氏のCES報告は数年前に初めて聞き、そのときは吉本のライブみたいで笑い転げてしまった。今回もその語りは健在だった。CES会場のうち、これまでは中国・台湾製の周辺機器などを扱っていて主会場のおまけのような存在だったSandsコンベンションセンターという会場が、今年はネット&センサー、自動XXの嵐ですこぶる活況だったとか。小池氏いわく、“屋台村に500店くらい出展”。大企業ではぜったいに途中でつぶされているようなアイデアの嵐だったそうだ。
展示例としてあげていた中の、自走式の旅行用キャリーバック、というのが気に入った。小池氏は「鞄だけで7kgもあるのを、誰が買うのか?」と酷評していたが、自分で走ってくれて、そして持ち主をちゃんと見つけて待っていてくれる鞄なら、ぜひとも入手したいものだ。
なお、小池氏はいまドローンに注目していて、会社までつくってしまったという。小池氏のドローンに関する記事は、ご本人のサイトhttp://www.ryojikoike.com/ などで読める。
CES関連以外では、5G(4Gの次にくる、次世代モバイル通信規格)になったら何が変わるか、という話が興味深かった。5Gになると、ストレスなしでビデオのやりとりができるという。メールでのやりとりが面倒だから電話で、という人たちがライブビデオに移行する、というのが小池氏の見立てだ。そうなれば、在宅勤務、リモートワークもさらに加速されそうだ。

  • 2月12日 

石倉洋子さん主催の「Davosの経験を東京で(DEX)#34」に参加。今回はビズリーチ社長の南壮一郎さんがゲストで、テーマは “Future of Jobs in the midst of the Industrial Revolution(第四次産業革命が開く仕事の未来)”。スイスの今年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)で「第4次産業革命への対応」が全体テーマだったことをふまえている。
さて、DEX #34では、南さんにスイスのダボス会議に参加されての感想・得たものを話していただいたあと、小グループに分かれ、5年後・10年後に自分がどうなっていたいか(What do you want to be?)をディスカッションした。私たちのグループでは、フレクシビリティをキーワードに様々なアイデアがでた。ITの恩恵を最大限に活かして、場所・時間にとらわれない働き方、ワーク/旅、ワーク/ライフ、ワーク/学び、を自在にデザインしたい、etc. 一方で、常時接続でいつでもどこでも仕事ができてしまう弊害もあり、休日はメールを見たくない、という意見も。(文字のメールならまだいいが、上司からのライブビデオだったりしたら!!) IoT時代には、電波の届かない場所の価値が上がり、誰からも見つけられないですごす時間、というのが究極の贅沢になるかもしれない。

なお、石倉さんは、ダボス会議直前にリリースされた世界経済フォーラム(WEF)のレポート「The Future of Jobs]」のとりまとめメンバーでもある。このサイト
www.weforum.org

から英文サマリーおよび全文が読めるが、石倉さんがそれとは別に日本語のサマリーを書かれている。一部引用させていただく。
「2020年までに仕事の必要スキルの平均3分の1は、新しいものに置き換わる。説得力、Emotional Intelligence、人に教えるスキルなどのソーシャル・スキルの方が、プログラミングや機械の操作など幅の狭いテクニカル・スキルより需要が高まり、両者は補完関係をなす。」
「説得力」というのは、私自身の仕事にもおおいに関係する。このサマリーを読んで、「変化は怖れるに足りず。かえってチャンスが多い」と感じた。皆さんはどう感じるだろうか?

新年のごあいさつ(2016)

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あけましておめでとうございます。
2015年は私が社会人となって四半世紀の年であり、仕事についていろいろ見直すよい機会となりました。アテナ・ブレインズを創業してからは8年目。間にベンチャー企業での仕事の期間をはさみながら、いろいろな方のお力を借りつつ、なんとか続けてこれています。

創業して以来、毎年のように個々の仕事の中味は変わってきていますが、「時代の進んでいく方向を見定めながら、企業・組織・個人の成長・発展を、『編集』のスキルで支援する」というスタンスは変わっていません。

2015年は、新たにいただいたお仕事に取り組む過程で、いろいろな課題が見えた年でもありました。コミュニケーションやスケジューリングの大切さ、「できること/できないこと」の早い時点での見極め、等々です。

2016年はこれら基本を大事にしつつ、すこし腰を据えて、長期的な見通し(3〜5年後のイメージ)のもとに仕事をしていけたら、と思っています。
引き続き、お力添えのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

2016年新春

アテナ・ブレインズ
福田恭子

(写真は、年末に訪れた越後湯沢のスキー場風景)

晩年のヘルムート・シュミット

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ヘルムート・シュミット元西独首相(在任1974年〜1982年)が11月10日に96歳で亡くなった。70年代〜80年代の国際政治を動かしたキー・パーソンが、サッチャー元英首相(2013年没)に続きまた一人、舞台を去った。

シュミットの晩年について、独Die Zeit紙の運営するZEIT ONLINE(英語版)は次のように伝えている(”Helmut, May You Rest in Peace”by Von Matthias Naß )。なお、シュミットは、1983年以降、同紙の共同発行人の地位にあった。

(…)Helmut Schmidt wasn’t afraid of dying, but he still hung on to life. He remained intellectually active right up to the end. Despite having been confined to a wheelchair in his final years and his struggle with some physical infirmities, his workload remained massive. He read nonstop – at home, in his office, in the car – and his reading was in no way limited to newspaper articles. He read through EU reports and embassy analyses, through draft legislation and parliamentary transcripts. At night he read philosophy and history books in addition to literary classics.

(ヘルムート・シュミットは、死を恐れなかったが、一方で生きることに貪欲だった。彼は最後まで知的に活動的であり続けた。晩年は車イス生活で、いくつか持病もあったが、彼の仕事量は膨大であり続けた。彼は家でも、オフィスでも、車の中でも読書を続けた。新聞記事のみならず、EUの報告書、大使館の分析レポート、法案、議会の議事録まで読み通し、夜には古典文学だけでなく哲学書や歴史書の読書を楽しんだ。)

Schmidt was certain he lived to such an advanced age because he never quit working. More important, though, is that he never ceased being curious. He would barrage anyone who visited him with questions. Whether they were politicians, diplomats, the president of a central bank or journalists, they all had to report to him about all the latest developments – and he wanted it all in detail.

(シュミットは自分がそのように長生きすることを確信していた。なぜなら、働くことをやめなかったからだ。さらに重要なのは、彼が好奇心を持ち続けたことだ。シュミットに質問しに訪れる誰彼となく、逆に質問を浴びせかけた。政治家であれ、外交官であれ、はたまた中央銀行の総裁、ジャーナリストであろうと、皆、最新の動きについて一切合切、彼に報告をしないわけにはいかず、彼はあらゆることについて細部まで知りたがった。)

(…)It may be hard for outsiders to believe it, but Helmut Schmidt did in fact come to the office three or often four times a week right up until close before his death. He would show up on Fridays at 12 p. m. on the nose for the weekly editorial meeting of the Politics Desk, often the first person to turn up. It was almost always Schmidt who started the meeting. "I have a question," he would say.

(外部の方には信じがたいかもしれないが、ヘルムート・シュミットは亡くなる前まで、毎週3度か4度は、Die Zeitのオフィスに出社していた。金曜日12時からの政治部デスク会議にはいつも時間きっかりに現れ、しばしば一番乗りだった。会議の口火を切るのは、ほとんどいつもシュミットだった。そして「私は質問がある」と言うのだった。)

Often he was expressing a firm opinion in the guise of a question. It might have been about Ukraine, Greece, Obama or the German government’s refugee policies. He wanted to discuss everything, but he also wanted to hear counter arguments. During his 32 years with DIE ZEIT, Helmut Schmidt participated in around 1,500 Friday editorial meetings. There was not a single person on our staff who was not proud to be able to participate in those meetings with him.

(質問とみせかけて、おうおうにして、彼は確固たる意見を持っているのだった。ウクライナ問題、ギリシャ問題、オバマ米大統領、ドイツ政府の移民政策に至るまで。彼はあらゆることについて議論を好んだが、同時に、反対の立場の意見を聞くことも望んだ。Die Zeitでの32年間で、彼はおよそ1500回の金曜日の編集会議に参加した。彼とともにこうした会議に参加できたことを誇りに思わないスタッフは、私たちのうちに誰一人いない。)

(…)In his final years, Helmut Schmidt liked to cite a verse from American poet Robert Frost. "The woods are lovely, dark and deep, But I have promises to keep, And miles to go before I sleep, And miles to go before I sleep."

(晩年、彼はアメリカの詩人、ロバート・フロストの詩の一節を引用するのを好んだ。「森は美しく、暗くて深い。だが、わたしには約束の仕事がある。眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。眠るまでにはまだ幾マイルか行かねばならぬ。」〔ロバート・フロスト、安藤一郎訳「雪の夕べに森のそばに立つ」『世界詩人全集第12巻 ディキンソン・フロスト・サンドバーグ詩集』新潮社,1968年 所収*〕)


* ロバート・フロストの詩の訳は、以下のサイトから引用させていただきました。「語られる言葉の河へ」
それ以外は、拙訳。

30代で始めるべきこと・やめるべきこと、とは?

 少し前の「Business Insider」に、「一生の成功のために30代で変えておきたい10のこと」(10 changes to make in your 30s that will set you up for lifelong success )という興味深い記事が掲載されていたので、ご紹介したい(書き手はShana Lebowitz氏)。
なお、このダイジェスト版がインフォグラフィックスとして、世界経済フォーラムのブログにも掲載されており、その記事から元記事を知った。

 以下は元の「Business Insider」の記事による。
 まず、なぜ30代なのか。「20代では、土曜日に昼過ぎまで寝ていたりとか、刹那的な楽しみにお金を浪費したりとか、多くの人が不健康ない生活をしがち。しかし30代は、残りの人生の個人的な成功、プロフェッショナルとしての成功に役立つ習慣をつけるのに理想的な時期だ」というのだ。
 同記事が挙げている10か条(30代で始めるべきこと・やめるべきこと)は、次の通りだ。

1 喫煙をやめよう
2 毎日同じ時間に寝て同じ時間に起きよう
 (2,3日寝坊しただけで、体内時計がリセットされてしまうのだそうだ)
3 運動の習慣を身につけよう(定期的に運動しよう)
 (30代の後半から筋肉の衰えが始まるから。運動の種類はなんでもいいが、本当に好きなものを選んだほうがいい、という。そうでないと続かないから)
4 日記をつけはじめよう
(思ったこと、感じたことを紙に書くことは、ストレスの多いイベントを乗り切るのに役立つから)
5  貯金を始めよう
(若いうちから貯金をはじめたほうが、複利の恩恵を受けられるから)
6 夢(人生のゴール)の実現に向けて着手しよう
7 これさえあれば幸せ、というものを見つけよう
8 みんなにいい顔をするのをやめよう
(「時間とエネルギーをかしこく使おう」、まったく同感だ。)
9 自分を他人と比較するのをやめよう
(他人と比較しても自分のゴールの達成には役立たないから)
10 ミスをした自分を許してあげよう
(自分を許せる人は、弱点は改善可能なものだと考え、将来同じ間違いをおかすのを避けるようになるそうだ。要は、ミスをおかした自分を客観的に眺められる、ということかもしれない)

 私自身でいえば、9の「他人と比較するのをやめよう」が実践できるようになったのは、40代になってから、という気がする。8の「みんなにいい顔をするのをやめよう」も40代半ばくらいから。1の喫煙はもとよりしていないが、2(同じ時間に起きて寝る)、3(運動の習慣)は未だにできていないし、4(日記)についても、このブログは毎週はおろか、月1更新も危うい……。
 この記事は30代がこれらを始めたり、やめたりするのに最適な時期、としているが、それ以降の年代でも遅すぎるということはあるまい。まずは、ちょっとがんばればできそうなもの(10あたり?)から着手してみたいと思う。

お知らせ3つ――新しいHP、新しい仕事、過去の仕事

9月末から10月初にかけて、私の仕事、会社関連でいくつか動きがありましたので、当ブログでもご紹介したいと思います。

その1・ホームページリニューアル

私の会社、アテナ・ブレインズのホームページを5年ぶりにリニューアルしました。
リニューアルサイトはこちらです。http://athenabrains.com/ 

変更点としては、提供するサービスを、これまでの実績にもとづいて、次の4つに整理しました。
1)企業・大学・独立行政法人など法人向けサービス(ブランディング支援・コンテンツ作成)
2)個人向けサービス(編集・情報発信支援)
3)メディア向けサービス(書籍編集、執筆・構成)
4)その他のサービス(科学技術分野のコンテンツ作成・編集・制作)

デザイン面では、スマホからも見やすいように、レスポンシブデザインにしてもらいました。
手がけていただいたのは、前回と同じSimple Aさんです。
simpleA, L.L.C.

その2・国立情報学研究所の広報誌制作

国立情報学研究所の広報誌「NII Today」の刊行に、制作会社として関わらせていただくことになり、9月30日刊行の69号が、その最初の号となりました。
PDFはこちらです。
http://www.nii.ac.jp/userdata/results/pr_data/NII_Today/69/all.pdf

FinTechの基礎技術としても今話題の「仮想通貨」を、アカデミックな側面から取り上げた特集号です。ぜひご覧ください。

その3・日経新聞読書欄「リーダーの本棚欄」に過去に編集した書籍が登場

本日(10月4日)の日経新聞の読書欄の、「リーダーの本棚」というコーナーで、東京財団理事長の秋山昌廣氏が、「座右の書」として2冊、「その他愛読書など」として9冊をリストアップされています。その中に、私がかつて編集者として企画や編集に携わった書籍が2冊取り上げられていました。
(「その他愛読書など」9冊のうちの2冊として)
⑤『新しい中世』(田中明彦著、日本経済新聞出版社)
⑥『サッチャー回顧録』(上・下、マーガレット・サッチャー著、石塚雅彦訳、日本経済新聞出版社)
記事の切り抜きのリスト部分を掲載いたします。f:id:fukukm10889:20151004122845j:plain
20年くらい前の本なのに、こうして愛読書として大事にしてくださっていることに、とても感激しました。
日経新聞のリンクは、電子版会員でないとご覧になれないかもしれませんが、こちらです。
http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20151004&ng=DGKKZO92427380T01C15A0MY5000

以上、まとまりがないですが、近況報告かたがた、ご紹介まで。

Content Inc.はアントレプレナーのためのコンテンツ・マーケティングの教科書

Joe Pulizzi(米国のContent Marketing Instituteの創始者)の近著「Content Inc. 」は、アントレプレナー、スモールビジネス・オーナーのための、コンテンツ・マーケティングの教科書だ。

Joe Pulizziの前著、「Epic Content Marketing」は、どちらかというと、大企業向けのコンテンツ・マーケティングの教科書だった。その証拠、というわけではないが、序文はSAPのMichael Brennerが寄せている。(大企業が)見込み客に出会うための手法として、コンテンツ・マーケティングの有用性や、組織としての運用体制にページを割いている(コンテンツ・マーケティングって何?という人のために、その歴史等々にもふれられている)。ブランディングといえば、テレビCMや新聞広告が常套手段だった大企業にとって、オウンド・メディア(自社媒体)をプラットフォームにするコンテンツ・マーケティングは発想の大転換を促すものであり、すべての大企業がコンテンツ・マーケティングに舵をきれば、広告産業やコンテンツ産業に大激震が起こることだろう(今のところ、ゆるやかな移行のようだ)。

一方、今回の「Content Inc. 」は、明確に、スタートアップやスモールビジネスに焦点を絞っている。Joe Pulizzi自身が、Content Marketing Instituteを創業しているので、書きやすい面はあっただろう。そして、会社の規模を大きくしていく上でエバンジェリスト・ユーザーが何より大事なスタートアップにとって、コンテンツ・マーケティングは、大企業におけるブランディング以上の意味をもつとも言える。

日本でも、たとえば、ライフネット生命などは、会長の出口治明さん、社長の岩瀬大輔さんが、立ち上げの初期の頃から、ブログなどオウンド・メディアをきわめて有効に使い、また、リアルでの講演会などと組み合わせて、実に巧みにコンテンツ・マーケティングを展開している(「Content Inc. 」のなかでも、そうした、複数の手法の組み合わせの大切さに触れられている)。

ただ一つ、長年、編集の仕事に携わってきた私から、アントレプレナーの方々への忠告がある。コンテンツのうち、書籍(執筆)については、用心が必要だ。なぜなら、書籍執筆は多大な労力を要するから。全速力で駆け抜けなければならないタイミング、時間が何より大事なときに、書籍執筆に150時間とか200時間を超えるような時間をかけることは、命とりとなりかねない。そして、本気で書籍を書いたことのある方ならお分かりの通り、本を1冊書くと、抜け殻のようになってしまうから……。

少し脱線してしまったが、「Content Inc. 」は、スタートアップや中小企業が、エバンジェリスト・ユーザーやロイヤル・カスタマーを築く上で、「コンテンツ」がカギとなることを教えてくれる、最重要テキストと言えるだろう。(それにしても、「Epic Content Marketing」といい、「Content Inc. 」といい、タイトルが秀逸すぎで、ため息が出る。。)

Content Inc.: How Entrepreneurs Use Content to Build Massive Audiences and Create Radically  Successful Businesses

Content Inc.: How Entrepreneurs Use Content to Build Massive Audiences and Create Radically Successful Businesses